2017年6月21日水曜日

【イベント報告】「リトルプレス鼎談@北書店」に参加しました

イベント後の雑談の様子

6月19日、ニイガタブックライト主催の「リトルプレス鼎談@北書店」に参加しました。このイベントは前日、18日の一箱古本市in現代市の関連イベントとして開催されました。

一箱古本市の仕掛人・南陀楼綾繁さんの進行で、ブリコールの桾沢厚子さん、Life-mag.小林がそれぞれ活動の経緯や思いなどを話しました。

桾沢さんの人生を変えた本との出会い、『昭和の記憶』の制作エピソードははじめて直接聞けました。桾沢さんによる、巻町双書に寄せた河治町長の文章の朗読もよかった。10代の頃から本や雑誌、同人誌にマニアックに関わってきた南陀楼さんの話も面白かったです。

上の写真はイベント終了後、それぞれが持ち寄った影響を受けた雑誌などをめくりながら雑談する様子です。イベント中の写真は後日ブックライトさんのWebにアップされるとのことです。

ブックライトさんの事前告知に「佐藤店長のちょっかいもお楽しみに!」とありましたが、今回イベント中にハッとさせられた一言がこちら。


「小林くんは〈余白〉の人だから」


これは、言葉の響きを大切にするという意味か、聞き手それぞれの解釈の幅を大切にするという意味でしょうか。いやいや、「小林くんあんましゃべんねーな」というシンプルな意味か。どちらにせよ、言われた本人は妙に合点がいく一言でした。

雑誌の発行やなにかのタイミングでLife-mag.も主催イベントを久しぶりにやってみたいのですが、どうにも余裕のない日々を送っています。次号や既刊誌に関わるなにかをテーマに読者との交流をはかりたいのですが...。

そんな思いもあるので、今回のようにイベントに出させていただく機会はほんとうにありがたいです。傍目には出歩く仕事に見えるかもしれませんが、実際のところは、編集、デザイン、納品、経理ほか雑務と、ひとり頭を抱えている時間がほとんどです。読者や旧知の知り合いに直接会える機会は、精神衛生上たいへんありがたいのです。

主催いただいたニイガタブックライトの亀貝さん、スタッフの皆様、受付を手伝ってくれた文旦さん、会場の北書店・佐藤さん、そして参加いただいた皆様、ありがとうございました。

最近、追い込まれて泣き崩れるという夢を見て、「あぁ、いろいろ追い込まれてるのかなぁ」と思っていたのでいい刺激になりました。

以下にイベント前の時間に歩いて撮った写真を載せておきます。

寿湯

岩室駅から越後線に乗って白山駅で下車。15時過ぎに一旦、会場入り。その後、西堀通のクラシックショップ「コンチェルト」の佐藤さんのことろへ。そして「新潟絵屋」の蓮池もも展へ。この日は暑く、午前中からの汗を流してからイベントに出ようと、こんぴら通りの「寿湯」へ向かうも休業中。


金刀比羅神社

ななめ向かいの金刀比羅神社でイベントの無事を祈って参拝。本町通の「いずみ湯」に向かうも月曜休み。古町通の「菊乃湯」は休業中。う〜むと、白山浦の「有馬湯」に向かうと月曜休み。


飛鳥

歩き疲れて、学校町通の「飛鳥」で夜定食700円。がっつりでした。「はい、学生さん。ご飯おかわりしてよ」と学生に間違えられ、不思議な心地よさ。

看板

18時過ぎ、満腹状態で会場戻り。汗を流すつもりが、逆に汗をかいてしまいました。とほほ。

タガヤス堂さんのコーヒー

各種メディアで話題沸騰中の佐渡の羽茂から来たタガヤス堂さんのコーヒーを飲んで、いざ、イベントへ。オケサドコーヒーの豆、美味しかったです。次回の佐渡納品回りの際は、ドーナツも食べたい。

以上です。

2017年6月13日火曜日

【書評】斉藤文夫『昭和の記憶 新潟 海の村 山の村』

『昭和の記憶 新潟 海の村 山の村』

2017年6月11日付け新潟日報朝刊に、斉藤文夫さんの『昭和の記憶 新潟 海の村 山の村』の書評を寄稿しました。県外の方や購読していない方もいるかと思うので、このブログにも載せておきます。

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写真機が〈光〉を写し取る機械であれば、そのシャッターを押し続けた斉藤文夫氏の眼差しは、移り行く時代の〈影〉を見据えていたのではないだろうか。

本書は写真家で郷土史家の斉藤氏の写真集である。60年以上に渡り数十万枚と撮りためてきた中から、昭和40〜50年代を中心に約200枚が掲載されている。
写真集は2部構成となっており、1部は「海の村」と題し旧巻町浦浜・角田浜地区が、2部は「山の村」と題し旧下田村大江・大谷地区の写真が載る。
「海の村」では、真冬や夜明け前の漁、家族が漁を手伝う姿、漁師たちが番屋で昼寝する姿が。「山の村」では、田植え、稲刈り、山菜採り、熊捕り、薪風呂に入浴する姿が載る。さらに祭りや墓参り、生徒一人の冬季分校、浜や川で遊びに興じる子どもたちの傍らでシャッターは押された。

斉藤氏は、自然の豊かさと厳しさに対峙しながら暮らしてきた「海の村」、「山の村」の人びとの姿を「日本人の暮らしの原型」と呼ぶ。かつて日本各地に見られた暮らしである。しかし、撮影からほどなく、浦浜地区の過疎はさらに進み、大江・大谷地区は県営ダムが計画され暮らしそのものが消えた。
その土地の暮らしが消えるとはどういうことか。評者はこう考える。「海の村」、「山の村」に暮らした人びとは土地の自然に相対し、限られた資源をいかに組み合わせて有効なものへと仕立てるのか、脈々と受け継がれてきた暮らしの中には蓄積されたその〈知恵〉があった。撮影された昭和の後半、斉藤氏が予見したのはその〈知恵〉の断絶ではないか。

撮影から40年ほどが経過。斉藤氏の仕事に呼応するかのような出会がこの一冊を生んだ。84歳の斉藤氏と30代の桾沢和典、厚子夫婦との出会いである。桾沢夫婦は「ブリコール」との名義で、地域に受け継がれる生業や手仕事を取材、収集し、ワークショップやトークイベントを通じ、それらをまた次の世代へと伝達、継承する活動を行っている。斉藤氏とは2013年に出会い、親交を深めてきたという。
今回の企画、編集、広報は「ブリコール」が担った。制作費はチラシやインターネットを通じて募り、出版を前に200人以上からの支援が集まった。世代を越えた共感と関心が、海と山の村に育まれた〈知恵〉を後世へと手渡すべくこの一冊を形にしたのだ。

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以上です。

文中にも出てくるブリコールの桾沢さんとは、6月19日のニイガタブックライト主催一箱古本市のトーク「リトルプレス鼎談@北書店」でご一緒します。

今回のトークイベントではこの本の出版経緯や制作エピソードも聞けるといいなと思います(むしろメインの話でも...)。この一冊を生んだのは、斉藤さんのこれまでの実績や人脈もさることながら、ブリコールの企画の打ち出し方、共感の広げ方も大きな力になったと思います。いただいた「リトルプレスについて」というお題への、いま一番ホットな応答になるのではないでしょうか。

にいがたの一冊

「にいがたの一冊」はわたしもよくチェックしているコーナーなので、話をいただいた時は緊張もしました。文末の「のだ」が、なんか偉そーかな、取ろうかなとか、余計なところまで気になるもんですね。

今回の作業の流れはざっとこんな感じでした。

著者、編者の方から、評者を推薦し、仮決めしておく。電話で仮の依頼。新潟日報社のなかで企画が通ると正式に依頼が来る。本文と評者の名前、肩書きを入れて1,000字が目安。著書が手元にあれば2週間、無ければ3週間が原稿の締切だそうです。

2日ほどかけて本をふたたびめくり、自分の中で沸々と湧き上がるもの(=書きたいこと)を観察し、おおよそ入れたいトピックを書き出す。さらに2日ほどかけて本文を書く、そして、削る。1日置いてみて、最後の手直しをする。

といった流れでした。

掲載日のお昼頃に斉藤さんから「おれが寝てるときから電話がなったて。ほかにも友人、知人から電話があった。ありがと」と電話がありました。

いい宣伝になっていればなぁと思います。

原稿の校正は、新潟日報編集局の高内小百合さんにお世話になりました。ありがとうございました。

2017年6月12日月曜日

【イベント案内】「リトルプレス鼎談@北書店」に参加します

ニイガタブックライトWebより

【イベント案内】ニイガタブックライト主催の一箱古本市in現代市の関連イベントとして開催される「リトルプレス鼎談@北書店」に参加します。

一箱古本市の仕掛け人で編集者の南陀楼綾繁さんと、ブリコールの桾沢厚子さんと3人で登壇予定です。お題は「リトルプレスについて」。南陀楼さんには現在編集中の【粟島編】に、桾沢さんからは近刊予定の【西蒲原の農家 編】に岩室温泉の「ギャラリー室礼」や土着ワークショップなどの活動を振り返って寄稿してもらいました。南陀楼さんとは年末に一緒に粟島取材に行ったので、その時のことも紹介できたらなと思います。

以下にニイガタブックライトさんの案内文を転載します。

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小さなメディアだからこそ、できること。

〜地域の人にインタビューする『Life-mag.』の小林弘樹さん。〜土着文化を継承するワークショップや書籍を発行し、生活に根づいたものを再発見/再定義するブリコールの桾沢厚子さん〜30年来、折に触れミニコミや小冊子をつくってきた一箱古本市の仕掛け人・南陀楼綾繁さんの3人が、それぞれの立場から「リトルプレスについて」わいわいと語り合うトークイベントです。
新潟で志のある活動を続けてきた二人と、ベテラン南陀楼さんの掛け合いを(北書店・佐藤店長のちょっかいも)お楽しみに!!

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詳細、申込は以下です。

日 時:619日(19:00
会 場:北書店(新潟市中央区医学町通2番町10-1ダイアパレス医学町)
参加費:1,000円
申 込:北書店(sato@kitashoten.net|025-201-7466|店頭)
詳 細:http://niigatabooklight.com/

なお、一箱古本市は前日18日の10:00〜15:00、新潟市中央区の学校町通りにて開催されます。学校町商店街のイベント「現代市(いまいち)」との同時開催です。本以外にもフリマ、飲食ブースもあります。こちらもあわせてお楽しみください!

2017年5月20日土曜日

第30回粟島島びらきレポ3「逢坂山・小柴山トレッキング」

村山さんのレポ3です。[レポ1][レポ2]はこちら。

粟島島びらきレポ、さいごは逢坂山と小柴山のトレッキングについて。
粟島に着いてまず目を奪われたのが、山に咲く山桜と新緑でした。天気にも恵まれたこの二日間はトレッキングに最適な天候。自然と共にむかしから生きてきた人の息吹が感じられるような粟島の自然でした。


まず島びらき一日目、粟島の観光冊子を片手に逢坂山にある「温泉街道」と書かれた道を辿ってみることに。地元の方に聞いて、集落をすり抜けて山の方向へ進んでいくと祠のようなものが。

昔は竹を刈って生業としていたこともあり、山手には多くの竹林があります。そしてさらに進んでいくと石碑がふたつ並んでいます。かなり昔からあるようで、何が書いてあるのかはっきりは分かりませんでしたが、梵字のような文字なのでしょうか…。

ここからさらに高い木々と、足元にも山菜や植物が生い茂った道が続きます。

山の麓にある祠

石碑がふたつ並ぶ

道をスタスタと進んでいく小林さん

道を進んでいくと「温泉街道」と「パノラマ新道」という看板が。どっちを見ても人が頻繁に通るような形跡はないようです。「こっちに行ってみよう」と小林さんの声の元、パノラマ新道へと進むことに。


温泉街道とパノラマ新道の分かれ道

傾斜が急になり、道幅も狭くなってくる道を進むと茂みのなかに不自然な窪みがありました。遠くにはうっすらと集落や海が見えてきて、山頂付近まで来たようです。私たちが通ってきた道を隔てて西からの風をちょうど避けられるように、その窪みはありました。

この辺りで「なんか人が暮らした気配を感じるんだよなぁ」と小林さんが言う

頂上付近にも窪みが

「西風も当たらないし、人が住むにはちょうどいい場所だよね」と小林さんがいうのを聞いて、そこは人の気配を感じる、すこし不思議な空間にみえました。縄文時代からの歴史をもつこの島は、昔から複数の部族が時代をいくつもまたぎ、ここに暮らしていたのかもしれません。

また見晴らしの良いところまでくると、海の向こう側には鳥海山がくっきりと見えます。


出羽富士ともいわれる鳥海山

山形県と秋田県の県境にあるこの鳥海山は、かつて出羽富士とも言われていたようです。快晴の粟島からみる鳥海山はまさに富士山のように綺麗でした。

昔はこの鳥海山から東北地域には蝦夷が暮らし、その境界であったことからも鳥海山の噴火を蝦夷の反乱の前兆ともされていたそうです。蝦夷に所以があるここ粟島と、そこから望む鳥海山。時代とともに抑圧をうけた部族たちは、海を隔てあの鳥海山に自らの「血」からくる郷愁を感じていたのでしょうか。

粟島のひとは、晴れた日に「ほら、今日は鳥海山が見えるね~」とよく言いました。昨年に粟島に来るまでは知らなかった鳥海山でしたが、島で生活するうちに自然と意識するようになりました。

時には天候に悩まされ、船が出せない日もある粟島。鳥海山が見えるような真っ青に晴れる日には船を出し、漁や本島との行き来ができるようになります。鳥海山は、昔からそんな人々の心と共にあったのかもしれません。

山を下り集落まで戻って来たところ、出かけるときには気付かなかったお地蔵さんが私たちの帰りを見守るように佇んでいました。どこかむかしの歴史や人々の息づかいを感じられ、温かい気持ちになりました。

大木の横に小さくお地蔵さんが

島びらき二日目。朝9時に出発し、小柴山にある粟島灯台を目指しました。内浦地区から山の向こう側にある釜谷地区までの広い道路をひたすら歩きます。「まだ続くのかぁ~」と心が折れそうになると「灯台入口」の看板がみえてきました。ここからはコンクリート道路からさらに山道のほうへと登っていきます。

灯台入口

舗装されている道

灯台へはこのように舗装されている道がほとんど。ここでも竹林に囲また景色です。みずみずしく伸びている木々や草花は春を感じさせ、山に吹く風が心地よかったです。山道に入ってから、30~40分ほどあるくと灯台へ到着。

粟島灯台

いまから63年前の昭和29年にこの粟島灯台は作られました。光の届く距離は全国で二位だそう。灯台からは山桜の咲く綺麗な景色がみえました。

この日も鳥海山がくっきりと

佐渡方向を望む

粟島のおばあちゃんから、この灯台の話を聞いたことがありました。建設のため島の人々が背中に建材を背負い、山へ運んだといいます。おばあちゃんたちは、当時20歳前後のころでしょうか。灯台は平成2年に改修が行われていますが、その周りを囲む塀は建設当時に作られたようでした。

息を切らしながら登ってきた道でしたが、島のおばあちゃんたちは私と同じような歳でさらに重い建材をなんども運んだのでしょう。身が引き締まる思いでした。

敷地の囲い

おばあちゃんが昔の島での生活を話してくれるとき、楽しい話だけでなく、当時の辛い思いも表情から伝わります。おばあちゃんたちは、今80歳近くの年齢です。灯台建設当時の島のおばあちゃんたちと私はほぼ同じ年齢ですが、いまの私になにが出来るのかなと考えてしまいます。

一歩山に入ると自然だけでなく、その土地の歴史やかつてここに暮らした人びとの生活が感じられました。地道に少しずつ歩き、あたりを良く見て考えることで気付くことがありました。それは、先を歩く小林さんの背中をみて感じることでもありました。なにが出来るのか、それはもっと先にみえてくる事なのかもしれませんが、まずは色んな土地を少しずつ、地道に歩こうと思います。

2017年5月14日日曜日

第30回粟島島びらきレポ2「ゲストハウス『おむすびのいえ』宿泊体験記」

村山さんの粟島レポ2です。[レポ1]はこちら。

今回「島びらき」で粟島を訪れた際、宿泊したのがゲストハウス「おむすびのいえ」。

内浦地区の港から歩いてすぐ、民宿や飲食店がいくつか立ち並ぶなかにあります。1階は「勝っちゃん」のお菓子屋さん。その建物の裏手にまわると「おむずびのいえ」の入り口が見つかります。



入口

車や観光客のよく通る道を一本奥に入ると民家が多くなり、島に住む人たちの生活がみられます。「おむすびのいえ」までの道のりはそんな日常が少し感じられるところです。オーナーの青柳花子さんはそんな島の日常やご近所さんとの触れ合いも感じてもらえれば、と言います。

花子さんは新潟市出身で2013年から粟島に住み、島の幼稚園へ勤務。その後クラウドファンディングなどで支援を募り、昨年9月に「ゲストハウス・おむすびのいえ」をオープンさせました。笑顔が印象的な花子さんはいつも島中の人から声をかけられていて、この島がすきで、地域の人ともきちんと関わっているということが伝わってきます。

お手伝いに来ていた河合将吾さんとオーナーの青柳花子さん

1階のダイニングルームにはたくさんのサポーターの方の名前が

昨年、まだ施工途中だった部屋をのぞかせてもらっていました。内装が綺麗になっていく過程は見ていたものの、実際に人が使ったからこそ出る、生活感や雰囲気が強く感じられました。すこし低めの天井も秘密基地へ来たかのようなワクワクを感じます。

2階からは港がよく見えます

私が滞在した日は他にもお客さんが6名ほど。新潟県だけでなく東京からも来ている方が多いのも印象的でした。ほとんどの方が同年代ということもあり、自然と宿泊者同士が集まって夕方から外で一緒に飲んで話して、ゲストハウスに戻るというどこか家族のような時間でした。昨年の民宿アルバイトでの環境とはちがい、同年代の人たちと過ごす時間は新鮮で、なんだか不思議な感じです。

2日の島びらきイベント「粟島Bar」へ行ったあとはゲストハウスのみんなでもう一杯。なぜ粟島に来たのか、それぞれの仕事や趣味の話、島の好きなところなどたくさん話をした気がしますが、後半は記憶が曖昧に…。

お酒とつまみを囲んで、夜はまだまだ続きます

旅がすきで粟島へ来るひと、ぱっと思い立って来た人、初めての方から粟島のリピーターまで。この空間にいるだけで自分が旅をしているかのように、知らない土地や人の話が聞けました。

そして、つぎの日の朝はみんなで朝食を。もらってきたというブリで、なめろうとお味噌汁を作ってくれました! 前日に島の子どもたちからもらってきた、あわしま牧場の卵で卵かけごはんも。思いがけず、ゲストハウスでこんなに贅沢なご飯が食べられて驚きでした…!

みんなで朝食

そして今回宿泊で一緒になった方をすこし紹介します。

棚井さん

1人目は棚井晴奈さん。現在、東京に住む棚井さんは、粟島には今回で3回目だそう。昨年の夏頃に初めてひとり旅をして、泊まった先が「汐見の家」という愛媛県の離島にあるゲストハウス。そこでの宿泊をきっかけに他の離島にあるゲストハウスに興味をもち、探していたところ「おむすびのいえ」の存在をネットで知ったといいます。

東京では仕事に追われる日々のなか、こうして粟島にきてのんびりできることが棚井さんにとってリフレッシュできる時間だと言います。また、粟島で知り合った人をきっかけに現在のお仕事に繋がっているそう。

「すれちがう人とあいさつをしたり、島で採れた食材を食べたりと、ここでの生活は人として自然な生活なんだと思います」と笑顔で話してくれたことがとても印象的でした。

トムさん

2人目はThomas Grathwol(トム)さん。

トムさんはアメリカのミネソタ州出身。5年前からALTの仕事で新潟に住み始めたそうです。現在は英会話スクールを経営し、その傍らバンド活動も行っています。バンド『RAPTOR』(Official Site : http://raptorjp.com/ )ではドラムを担当。トムさん1人でも音楽活動を行っているそうです!

新潟に来たのは5年前。地図を広げて地名や山や川などの名前を覚えていたときに粟島という島があることを知り、いつか行ってみたいと思っていたそうです。「粟島では、漁師さんと港で一緒にお酒をのんだことがすごく楽しかった」といいます。島びらきイベント後には、港でゲストハウス宿泊者と地元の方とで、すでに飲み会が開かれていました。

地元の方たちと港で缶ビール

またこの時期に粟島に来た理由を尋ねると、「朝起きたとき、粟島に行こう! と思ったから」と話してくれました。トムさんとお話する時間は多くありませんでしたが、自身で音楽を作られたり、心で感じたことや思ったことを素直に体現している方なのだろうな、と感じました。

現在、テレビや雑誌で「移住」や「離島」という言葉をよく目にするようになりました。若者が地方や離島に移住することが注目されつつありますが、そこに来る理由としては、誰もが豊かな自然や人との関わりをもった生活に魅力を感じるようになったからなのかもしれません。

オーナーである花子さんは新潟県出身で、粟島への移住者でもあります。

「粟島へは“移住”というより“引っ越し”という感覚。“移住”という大げさな感じではなく、ただ自分が好きな場所に住んでいると思っているよ」と話してくれました。もちろん島で一からのゲストハウスづくりの大変さはあるものの、あくまでも自分が好きな場所で好きなことをしている、といいます。

私自身の意識では粟島を遠く感じていましたが、花子さんの話をきいて距離を近く感じるようになりました。情報だけでなく、その地域に足を運ぶことで本当に感じられることがあり、それがいつの間にか自分の生活に染み込んでいくのでしょう。

2017年5月8日月曜日

【西蒲原の農家編】追い込みとお知らせ

潟の面影を見せる田んぼ

昨年、初冬より取材をはじめた西蒲原の農家さん特集の制作が追い込みに入ってきました。いわむろやの小倉くんから依頼いただいた13人の農家さんの取材はほぼ終えることができました。そこにLife-mag.なりの視点から西蒲原の農業について補足できるような記事を数本入れようと思っています。水路や潟舟を使った農業について、治水、信仰、蒲原平野の成り立ちについてなどです。それから依頼にあった「農家料理」についての記事も予定。

また、今回初めての試みとして付録をふたつ付けたいと思います。ひとつは西蒲原地域のマップです。vol.009では本誌に入れましたが、vol.010では表示域を拡大してA2サイズの付録として挟み込みます。もうひとつは新潟日報社の「otona+」に昨年11月から寄稿した原稿を再構成したA5サイズの小冊子です。これは30ページくらいになるかな。

いま5歳の息子が付録を楽しみに『テレビマガジン』を買って、キュウレンジャーのおもちゃで遊んでいます。自分が子どもの頃を思い返しても、「付録が欲しいから」というのは雑誌を買うひとつの大きな目的だった気がします。今回の付録も童心をくすぐるものになればなと思います。

お知らせが長くなりますが、もうひとつ。

この特集号は、Life-mag.の通巻のなかに位置づけて、vol.010【西蒲原の農家 編】として発行しようと思います。2008年6月の創刊号から10年。やっと...。やっとのvol.010となります。

当初予定より遅れ遅れの進行となりすみませんが、いましばらくお待ちいただけましたら幸いです。

上の写真は今朝5時、弥彦山山頂からの蒲原平野の写真です。潟の面影を見せる田んぼを撮影しようと行ってきました。ただ、わたしが行ったときはワンテンポ遅かったようです...。カメラマンがすでに10人ほど撮影をはじめてました。

どこから撮るのがいいかわからず、昨日の昼間、多宝山〜弥彦山〜妻戸山の山頂を歩いてきました。「頂ニ神廟トテ石ノ小社アリ、此ヨリ國中ノ眺望最モヨシ」と高頭仁兵衛の『日本山嶽志』にあったように(Life-mag.vol.009に記事あり)、彌彦神社御神廟付近から撮るのがいいかなと思いました。今日より30分早く山頂に着くよう、近日中にリベンジ予定です。

昼間の眺め

登山道に現れたヘビ

タムシバ

山の花々を見ながら歩くのはいい気分転換になります。大きなブナもあるんですね。前号の取材時はあまり意識しませんでした。

2017年5月7日日曜日

第30回粟島島びらきレポ1「イベントの様子」

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2017年5月2〜3日と粟島島びらきの取材に行ってきました。以下、村山さんのレポです。
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粟島島びらき レポ1「イベントの様子」

人口370人、新潟県の北西に位置する日本海に浮かぶちいさな島、粟島。粟島では5月2~7日に観光シーズンの到来を告げる「島びらき」が行われました。

春の日差しがあるものの、まだ潮風はつめたく感じるころ。一年のなかでもっとも活気づく日といわれ、新潟県内外から多くのひとが訪れます。

昨年夏にアルバイトで一ヶ月間滞在したこともあり、以前は期待や不安、寂しさなど多くの感情を持ちながらのったフェリーはこの日、おおくの観光客で埋まっていました。

この時期には連休に合わせて粟島に来る常連客のほかにも、釣りやアウトドア、バードウォッチングで来る人も。

島へ近づくと数隻の漁船が大漁旗を掲げて出迎えてくれます。港に着くと、「待ってたよ!」「おかえり」の会話が。なんとなく、「戻ってくる」というこの島独特の雰囲気を感じます。

漁船がお出迎え

港のお出迎え

港近くでは2~3日にメインイベントが開催されました。イベントのほかに、わっぱ煮や屋台などもありお祭りのような活気にあふれています。

大賑わいの屋台

子どもたちが考案したという「いもだこピザ」

歓迎セレモニーでは島の子どもたちによる「さっこい三下がり」「島っこソーラン」が披露されました。

島の小中学生も踊りで歓迎

そして、今年は30回目の島びらきということで餅まきも行われました。縁起のいい「8」にちなんで、投げる餅の数は1回目は288個、2回目は888個でした。島の子どもたちやおばあちゃん達も集まり、予想以上の盛り上がりでした。

餅まきの様子

島にちなんだオリジナル種目(漁具投げ・鯛引き)や抽選会なども。漁具投げでは男性は2キロ、女性は1キロの網をどれだけ遠くに投げられるかを競いました。男性の優勝者は14メートル越え。入賞者には鮮魚のお土産も。島の漁師さんが投げたらどのくらいいくんだろう...。

漁具投げの様子

「あわしま牧場」にいる馬たちの、引き馬体験にも参加。

わたしも馬に乗せてもらいました

フェリーを出迎える漁船に乗ることもできます。大漁旗をたくさん掲げ、フェリーの到着時間に合わせ、いっせいに沖へ。大きな船とは違い、近くで波の感触や潮の匂いを感じたり、人と肩を寄せ合って乗る漁船の良さがあります。
昨年の夏にも漁船に乗せてもらいましたが、天候や波の状態をよみ、ぐんぐんと船を走らせる漁師さんの姿は、本当にかっこいいです。
数々の漁船が島へ来る人を歓迎するようにフェリーまで近づき、港まで併走します。船に乗る人どうし、手を振り合い自然と笑顔に。
船の大迫力に、わたしも一緒に乗っていた男の子たちとひたすら手を振って興奮していました!

漁船から1

漁船から2

そして夜には、今年初の試みというイベント「粟島Bar」へ。わっぱ煮会場に軽食やお酒を提供するブースがあり、さらにステージでは音楽も演奏されています。

粟島Bar

粟島のじゃがいもを使った焼酎「んっぽん」と粟島の山で採れた山椒のカクテルもありました。

最後はみんなで歌って、大盛り上がり

ふと、会場の外へ出てみると島のお母さんたちが「やっぱり、若い子ばっかだね〜」と外から中の様子をしばらく見ていました。たしかに若い人が多くみられる会場でしたが、島のお母さんたちの新しい試みを気にかける姿に、どことなく温かさを感じました。

一気に芽吹く山々や春の新鮮な食材、春の訪れを祝うように、島の人もお客さんも一緒に喜び、みんなで出迎える。その温かい雰囲気が「島びらき」に人々が集まる理由なのかもしれません。

2017年5月3日水曜日

第30回粟島島びらき

粟島港より

5月2〜3日と【粟島編】の取材で島びらきに行ってきました。釣りやバードウォッチング、夏には海水浴、またはなんにもしないでのんびりと。粟島が観光シーズンに入るこの時期、島びらきイベントが開催され、今年で30回目だそうです。7日まで粟島港に入る船に漁船が並走して出迎えてくれます(上写真)

今回の取材は村山亜紗美さんに同行してもらって出かけました。詳細なレポートは追って村山さんに書いてもらってウェブにアップしていきたいと思います。いまのところ3つお願いしてあります。

ひとつは島びらきの様子。歓迎セレモニーや「ぎょリンピック」、乗馬体験、夜の粟島BARの様子。もうひとつは、村山さんが泊まった粟島ゲストハウス おむすびのいえ宿泊体験記。旅人同士の出会いや交流もあったようです。そして、イベントの合間に逢坂山(パノラマ新道)と小柴山(粟島灯台)にも登って来たのでそのレポを予定しています。Life-mag.の取材はとにかく歩かせます。

わたしは昨年の秋口からの取材だったので、島の方々と話すことがほとんどでしたが、今回は旅で来た人とも話せて新鮮でした。ぜひこれからの季節、粟島を訪ねてみるのはいかがでしょうか。

すこしずつですが面識のある方も増えてきて再会と出会いに力をもらっての取材を続けています。

島びらきチラシ