2017年10月6日金曜日

Life-mag.vol.010【西蒲原の農家編】広告募集と制作支援カンパのお願い

協賛広告/制作支援カンパのお願い

『Life-mag.vol.010【西蒲原の農家 編】』のほぼすべての原稿が揃ってきました。あとは補足の記事と寄稿してもらった原稿誌面の構成、表紙、編集後記などを仕上げていって発刊となります。2008年の創刊から10年にしてようやく、10号目の発刊がこの坂を登りきった先にうっすら見えてきました。

次号は、本誌と2つの付録を予定しています。西蒲原の農家さんを取材した本誌は、B5版で約60ページ。付録1は、A2版の西蒲原の地図。付録2は編集人の小林が、新潟日報「おとなプラス」に寄稿した記事8本を再構成した冊子で、A5版で36ページです。

前号の128ページはやり過ぎたなと思ってましたが、結局、総ページ数では100ページほどになりそうです...。

最後になりましたが、協賛広告、制作支援カンパのお願いです。弊誌の活動に賛同いただける方からの、ご支援、ご協力を心からお待ちしております。何卒よろしくお願い申し上げます。

以下、詳細です。

制作支援カンパ

一口:10,000

・発刊後、最新号2部お送りいたします。(送料込)
・巻末の支援者リストにお名前を掲載します。(匿名可)
・法人、個人事業主の方への領収書も発行できますので、その旨お知らせください。

受付は【コチラ


協賛広告・A

広告費:15,000

サイズ:ヨコ91mm × タテ55mm(名刺サイズ)

・誌面にて広告枠をご用意させていただきます。
・会社、お店、イベント、作品などの広告にお使いください。
・広告主さまのお知り合いの方の広告でもかまいません。
・文章、写真データをメールでいただき、2〜3回ほどのやり取りにて、広告枠を制作させていただきます。デザイン、イラストなど凝ったものではありませんので、どうかご了承ください。
・広告主さまの方で制作いただいてもかまいません。
・法人、個人事業主の方への領収書も発行できますので、その旨お知らせください。

受付は【コチラ


協賛広告・B

広告費:30,000

サイズ:ヨコ91mm × タテ137mm(1ページの約1/4|約名刺2枚分強)

・誌面にて広告枠をご用意させていただきます。
・会社、お店、イベント、作品などの広告にお使いください。
・広告主さまのお知り合いの方の広告でもかまいません。
・文章、写真データをメールでいただき、2〜3回ほどのやり取りにて、広告枠を制作させていただきます。デザイン、イラストなど凝ったものではありませんので、どうかご了承ください。
・広告主さまの方で制作いただいてもかまいません。
・法人、個人事業主の方への領収書も発行できますので、その旨お知らせください。

受付は【コチラ


協賛広告・C

広告費:50,000

サイズ:ヨコ150mm × タテ115mm(1ページの半分|約B6サイズ弱)

・誌面にて広告枠をご用意させていただきます。
・会社、お店、イベント、作品などの広告にお使いください。
・広告主さまのお知り合いの方の広告でもかまいません。
・文章、写真データをメールでいただき、2〜3回ほどのやり取りにて、広告枠を制作させていただきます。デザイン、イラストなど凝ったものではありませんので、どうかご了承ください。
・広告主さまの方で制作いただいてもかまいません。
・法人、個人事業主の方への領収書も発行できますので、その旨お知らせください。

受付は【コチラ


協賛広告・特

広告費:200,000

サイズ:ヨコ182mm × タテ257mm(裏表紙一面)

・誌面にて広告枠をご用意させていただきます。
・会社、お店、イベント、作品などの広告にお使いください。
・広告主さまのお知り合いの方の広告でもかまいません。
・文章、写真データをメールでいただき、2〜3回ほどのやり取りにて、広告枠を制作させていただきます。相談の上、弊社で制作するか、外部デザイナーに委託して制作させていただきます。
・広告主さまの方で制作いただいてもかまいません。
・法人、個人事業主の方への領収書も発行できますので、その旨お知らせください。

受付は【コチラ


決済はライフマグ通販サイトとして、普段使用しているBASEにて受付ています。クレジットカード(VISA、MASTER)、コンビニ決済(Pay-easy)、銀行振込み決済で、受付可能です。

「ネットが苦手だ。他のカード会社を使ってる。電話か本人に来てもらいたい。」という方はこちらからお問い合わせください。

[連絡先]ライフマグ・小林
[電 話]090-7421-3739 
[メール]niigata@life-mag.com 

協賛、支援いただきましたお金は次号印刷代金の一部として充てさせていただきます。10月末日までを目安に募集させていただけたらと思います。

取材先や内容については、ブログ、フェイスブックツイッターにて一部、公開してきましたが、再度、当ブログ、SNSでも紹介していけたらと思います。11月下旬の印刷仕上がり、その後、県内外の取扱店さまに納品に駆け回ります。

長く地域で読み継がれる雑誌となればと思い、現在、まとめの制作段階に入っています。協賛広告、制作支援のお願いとして、まずは最初の案内でした。ご支援、ご協力のほど、かさねてお願い申し上げます。

2017年9月22日金曜日

本の紹介とイベント案内|成宮アイコ『あなたとわたしのドキュメンタリー』発売

あなたとわたしのドキュメンタリー

新潟出身の朗読詩人・成宮アイコちゃんの自伝エッセイ集『あなたとわたしのドキュメンタリー』が出版されました。発行は福岡市の書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)さん。

教室の流行にも、社会の常識にも、同世代の当たり前にもどうにもこうにも馴染めずに心と身体が引き裂かれ、「死にたい」「死のう」と思い続ける日々の中、その一歩手前、すんでのところで紡がれた言葉の数々がエッセイとしてまとめられています。

暴力と罵倒の家庭生活、だれひとりの友人もいない学校生活の中、自己肯定感を磨り減らして過ごした青春時代のこと。NAMARAの江口歩さんに声をかけられて出かけた「金曜朗読ショー」で衝撃の出会いとなった月乃光司さんのこと。自分の中にある〈生きづらさ〉を認め、さらけ出し、ともに笑い合えるという奇跡のバトンを受け取ったこと。

そして、アイコちゃん自身も書きためていた詩の朗読をはじめたきっかけが書かれています。客の顔を見ることすら、ステージに立つことすら出来なかったライブから、徐々に、徐々に、受け取ったバトンを次に繋ごうと、客席のひとりひとりに視線を合わせ、全力で言葉を発するいまのライブのスタイルが出来上がっていった過程を知ることができます。

アイコちゃんのライブは2回見に行ったことがありますが、客席にはやはりひきこもりやうつ病など様々な〈生きづらさ〉を抱えた(と思われる)人が多く来ていました。そこで客席に向かって自作の詩をギターの伴奏に合わせて叫ぶ姿がありました。

「あぁ、その生きづらさわかるよ」「それでもいいじゃないか、死ぬな」

家族や友人、医療や行政などに頼ることもできない人の「最後のセーフティネットになりたい」とアイコちゃんがどこかに書いていましたが、たしかにこの朗読ライブに救われ、目標にして生きている人がいる、そんな気がしました。言葉によって散々、傷つけられ、言葉によって救われてきたアイコちゃんだからこそ響くものがあるんだと思います。

そして、本の出版を記念してライブイベントがあります。こちらにわたしも呼んでもらいました。

10・21@北書店

2017年10月21日(土)19:00開演、会場は北書店さんです。

イベントは3部構成。第1部の「新潟を愛する100の方法」にアイコちゃん、北書店の佐藤さんとともに登壇予定です。「新潟から逃げた成宮アイコが、新潟で本屋さんを営む佐藤さん、新潟で出版社を作り雑誌を発行する小林さんに、「故郷」との落とし前のつけかたを学ぶ。新潟ってどう愛したらいいんですか?」というお題です。

北書店の佐藤さんはアイコちゃんが(今では)大好きな人。かつては、なぜこの人はこんなにもぶっきらぼうなのに、これほどいろんな人に愛されているのだろう、羨ましい、嫉妬する、それがこじれてむしろ憎い、と思っていたそうです。わたしへは『Life-mag.』という雑誌作りを通じてカウンター行動をやってるのに共感して、と依頼をいただきました。

新潟をどう愛したらいいか、難しいテーマですね。

純粋無垢に「ニイガタLOVE、地元大好きっ!」と思ってるわけではないので。

この問いはたぶん、新刊にあったこの一節の言い換えでもあるのではないでしょうか。雨宮処凛さんとアイコちゃんの対談の中で、お互いのライブ活動についてこう話しています。

雨宮 そう言われちゃうのすごくわかる。わたしもあの頃、全然生きづらかったな...。生きづらくなかったら、たぶんあんなことやんないよね。本当に大丈夫だったら、リゾート行ったりバーベキューやったりしている気がする」

生きづらくなかったら、〈一人で新刊書店〉やんないよね?

生きづらくなかったら、〈一人で雑誌社〉やんないよね?

そこんところの葛藤とやり甲斐、どうバランスとってやっての? 教えて。ということかなと思いました。

いや、

まだ打ち合わせしてないから、わかんないけど。

アイコちゃんとは2015年9月にインタビューさせてもらってからのご縁。同い年なので、気楽に参加できたらと思います。

詳細・予約は、http://aico-narumiya.info/schedule/ へ。
近くなってくるとツイッターでも情報が発信されると思います、https://twitter.com/aico_narumiya

2017年9月11日月曜日

Niigata Liberal Arts Club、雉や、新潟絵屋

9月11日、今朝は新宿への個人注文分1部の発送から作業を始めました。都会の真ん中でLife-mag.がどんな風に読まれるのだろうとあれこれ想像しながら梱包して発送してきました。

さて先週末、9月9日新潟の町場に出てすこし回って来たので備忘録としてブログでも紹介したいと思います。

「教養を身につけて広い思考で仕事やプライベートをより充実させよう」というテーマのもとで開催されている「Niigata Liberal Arts Club」さんの講座に出てきました。20〜30代の社会人有志が主宰するだれでも参加できる社会人ゼミです。

先生も美魔女のよう

会場は万代市民会館

新潟大学職員で友人の高澤さんが幹事のひとりを務めていて、案内をいただきました。(昨年度の新大講義では授業前にアドバイスをもらっていました)。今回は11回目で、だいぶ前、、、初回の頃から声をかけてもらっていたのですが、ようやく出席できました。付き合いの悪さが露呈しますね、遅過ぎ。

この講座では毎回、新潟大学の教授や准教授が講師として迎えられ、その先生の専門領域について一般向けの講義を聴くことができます。今回の講師は新潟大学教育学部准教授の小林繁子さんでした。

中高時代はいわゆる「オカルト少女」、愛読書は澁澤龍彦。古本屋で『魔女狩りと悪魔学』という運命の1冊に出会い、「魔女」研究の道に進んだそうです。

講座テーマは「近世ドイツで行われた魔女裁判について」です。

魔女とは悪魔と契約を結んだ者、悪魔と情人(性的)関係がある者、魔女集会(サバド)に参加している者、天候を操る、飛べる、などの魔術を使える者を差します。16〜17世紀の神聖ローマ帝国(ドイツ)を中心に欧州で4〜6万人の魔女が告発、処刑されたそうです。

キリスト教の信仰に出てくる悪魔から派生した魔女について。魔女は裁判で裁かれ、拷問などの処刑を受けたこと。また活版印刷の発明、印刷物の流布が魔女イメージを広げたこと。20世紀にはナチスドイツの人種主義にも魔女イメージが使われたこと、また現在のドイツ右翼政党もその思想を引き継いでいることなどの指摘がありました。

講義時間は1時間弱×3コマ、コマごとに10分の休憩という長丁場でしたが、駆け足の講義ではなく、先生の専門領域をちょっと突っ込んで知れ、知的好奇心を刺激するにはちょうど良い長さでした。参加していた社会人の方々は、いわゆる意識高い系になるんでしょうか。1コマごとに質問の時間が設けられると、次々と手があがりました。先生の講義が参加者の知的好奇心を刺激する名講義だったということもありますね。

ちなみに7月15日の第10回は、新潟大学理学部の松岡篤教授による地質学、古生物学。Life-mag.vol.001で取材させていただいた先生ということもあり、参加したかったのですが、都合がつかず断念。

他、過去の回では、同人文学部の福島治准教授による『自己愛的攻撃性を通してみる社会的紛争』、同人文学部の渡辺登教授による『問題解決の学としての社会学』、同人文学部の細田あや子教授『祈りの言葉とイメージの力 キリスト教美術の意味と機能について』などが開催されています。

次回、第12回は11月18日に同教育学部の伊野義博教授による『歌って何? 越後新潟の〈うた〉から学ぶ』が予定されています。Life-mag.vol.009の和納十五夜祭りの取材で「祭り囃子を採譜しにきた新大の先生がいる」と聞いていましたが、伊野先生かな。

講座は13:30からはじまって終わったのは17:00。その後、みなさんは毎回恒例の懇親会にくり出すとのことでしたが、わたしはそこまでは都合がつかず欠席。頭をほぐして、また知り合いを増やしていくという流れ。すごくいい流れですね。2月に呼んでいただいた亀田の福寿大学の若者バージョンのよう。

作業中の松本さん

講座の前の時間に、新潟絵屋で開催されていた京都の染色作家松本健宏さんの個展を見に行きました。前回の絵屋での個展から3年、その間に身内の死を経験し、生きるとはをふたたび考えながらの創作期間だったそう(展示会案内文より)。喜怒哀楽、様々な表情を見せる仏が描かれた小品群のタイトルは「人間」でした。絵屋の軒先で作業する松本さん。秋晴れの空の下、鮮やかな染物の色がよく映えていました。


雉やさん

お弁当

講座前にお昼にと向かったのは東中通の「雉や」さん。おだやかに身体にしみ入る味のお弁当でした。万代市民会館のオール前で学生に混ざってひとりで食べました。お昼のお弁当は580円で、他総菜も充実しています。近くを通った際はぜひのぞいてみてだくさい。雉やさんには【シネ・ウインド編】発行の際には長期間に渡ってポスター掲示に協力いただきました。

あらためてありがとうございました。

2017年8月30日水曜日

本の紹介『明日への伝言』中村正紀著(ブリコール発行)

『明日への伝言』

旧巻町の原発反対運動に初期の頃から関わっていた中村正紀(まさとし)さんによる回顧録『明日への伝言』が2017年8月20日に発行されました。発行は新潟市東区のブリコールさん。6月に新潟日報でわたしが書評を書かせていただいた斉藤文夫さんの『昭和の記憶 新潟 海の村 山の村』の編集もブリコールさんでした。

中村さんとは、2016年8月7日に行われた「巻原発住民投票・あの日、あの時」でお会いしていましたが、中村さんは事務局側だったのでゆっくりとお話を聞くことはなく、この本で初めて知ることが多かったです。

『明日への伝言』は、1969年(昭和44年)の東北電力巻原子力発電所建設計画のスクープから2004年(平成16年)の計画撤回までの35年間を、おおきく3期にわけて解説しています。

〈第1期〉は、1969年の建設計画のスクープから1982年(昭和57年)の1号機設置許可申請までの13年間。〈第2期〉は、1982年から、佐藤町長が3選を果たし原発推進へと態度を鮮明化した1994年(平成6年)までの12年間。〈第3期〉は、1994年から、「住民投票を実行する会」の結成、自主管理の住民投票の実施、条例に基づく住民投票の実施、その後の裁判を経て計画撤回が発表された2004年までの10年間です。

序文には「運動の評価の部分以外は極力主観的な表現を排し、当時の事実を客観的にそして時系列的に記すことに注意を払ったつもり」とあり、教科書的に運動の流れをコンパクトに追える内容でもあります。それでもやはり、中村さんが今だから書き残したいことと、思いが溢れている部分もいくつかあり、わたしはそういうところを興味深く読みました。

中村さんは、1942年、新潟県上越市大島区生まれ。日本獣医畜産大学を卒業後、(旧巻町にあった)新潟県立興農館高校に教員として採用されました。1968年から巻原発反対運動に参加してきました。〈第1期〉の頃には機動隊と対峙し、田んぼに突き落とされたり、両手両足を持たれて排除されたりもしたそうです。

また中村さんは、新潟県高等学校教職員組合や新潟県労働組合評議会などで幹部を務めるなどある意味ではプロの運動家でしたが、巻の運動では巻町民の主体的な行動、意志を尊重する「現地主義」を念頭に活動を続けてきたそうです。

東北電力と国、県、町、警察が「数と力」によって計画を押し進めようとしたように、労働組合による運動もまた場合によっては、「数と力」によって押し進められる危険性を懸念していたとのこと。

巻の運動は、節目節目で様々な人物が入れ替わり表に立って運動を支えてきたことがひとつの特徴だと思います。中村さんは多くの場面で先頭に立ってきた方ですが、大きかった場面のひとつが以下です。

1995年2月20日、原発建設予定地にあった町有地を東北電力へ売却する決議が予定された臨時議会を流会にさせた時です。臨時議会は推進派議員にのみ知らせ、しかも推進派議員は月曜に予定されていた臨時議会のために日曜から役場内に潜んでいたのです。深夜に不審な動きを察知した中村さんらが役場、議場に乗り込み、議会を流会にさせました。

p.74からの記述です。直前に行われた自主管理の住民投票、町議選、条例に基づく住民投票へと運動がつながった大きな場面だと思います。いま読んでもハラハラします。

それから『明日への伝言』を読んでいてあらためて感じたのは、陰になり日向になりして運動を支えたそれぞれの妻の存在の大きさです。

1995年4月23日の巻町議選に向けて、住民投票推進派や原発反対派は、住民投票条例の制定に向け、議員候補を擁立します。その選挙結果は、上位3人が女性でした。3位当選が、中村勝子さんで、正紀さんの奥さんです。1位、2位の夫もまたそれぞれ住民投票推進派や原発反対派の運動に関わる方でした。

中村さんは「妻を神様のように思った」(p.84)と回顧しています。

そういえば、前にどこかに書いたか言ったかしましたが、Life-mag.【燕三条 編】を取材し終わった後に燕三条地域の方にこう言われました。「燕三条の中小企業の社長を支えているのもそれぞれの奥さんの存在が大きいのよ。今度は奥さんも取材しないさい。そしたら名前を変えてWife-mag.で出版しなさい。そっちほうが売れたりしてね」と...。

わたしの選挙(投票)経験にはないのですが、かつての巻をはじめ西蒲原地域の選挙は「原発に限らず選挙や日常の生活に関わることまで、地域のボスや本家・分家など地縁、血縁の重石の下で生きてきた人達にとっては住民投票で自分の思いを誰にも邪魔されずに表現できることなど夢にも思ってなかったに違いない」(p.66)という状況だったそうです。

初期の頃には「原発のことについて発言しないのが、大人の対応」という状況だったとLife-mag.vol.009での笹口さんインタビューでわたしも聞いていました。それが、徐々に徐々に町民の意識も変わっていき、自主管理の住民投票の頃には多くの町民が自分の意見を持ち、投票に行きました。

いまのわたしたちも原発や政治のことは、友人同士や職場では話さないことのほうが多いのではないでしょうか。しかし、「投票」という意思表示ができる機会には、自分なりに考えて1票を投じたいものです。

いつもいつも政治のことを考えるのはウンザリしますが、なにか気になる話題があったとき、こうして友人が編集に関わった本が出たとか、そういう時にはすこし立ち止まって、考える機会を持ちたいなと思っています。

『明日への伝言』もその機会におすすめです。

見本01

見本02

見本03

『明日への伝言』は、A5版126ページ。写真も多く収録されているので、当時の雰囲気がよく伝わってきます。ここでもブリコールさんの編集が効いているなと思いました。さすがです。

定価は1,500円。購入・問合はブリコールさんまで。

2017年8月29日火曜日

伊勢ヶ濱部屋新潟合宿取材①

チラシ

大相撲の伊勢ヶ濱部屋が2017年8月18日〜23日まで彌彦神社相撲場を拠点に新潟合宿を行っていました。連日の公開朝稽古のほか、弥彦村、三条市、新潟市などで開催された交流会、激励会への参加、企業や行政への表敬訪問、園児との相撲体験、福祉施設への慰問など連日、びっしりとつまったスケジュールをこなしていきました。

伊勢ヶ濱部屋の合宿は2015年に横綱・日馬富士が彌彦神社相撲場で横綱土俵入りを行ったことにはじまります。翌2016年から新潟合宿を行い、公開朝稽古のほか地域交流も活発に行われていました。

2017年からは合宿の企画・運営が株式会社新潟日報サービスネットさんに委託されました。そして、今回、合宿の記録・撮影、メディア出稿用の原稿制作をお願いしたいと依頼がありました。連日、合宿に張り付いて、撮影し、夕方までにはその日の様子を原稿にまとめてスポニチに出稿しました。

やっぱり一度、本物の横綱をはじめ関取や力士を間近に見ると、相撲への興味も増しますね。これから大相撲を見るのが楽しみになりました。

スポニチに寄稿し、掲載された紙面は以下です。

8/4付 佐渡合宿

8月3〜4日は佐渡で交流会があり、そちらにも同行、取材しました。5日に佐渡巡業がありました。

8/19付 合宿はじまる

8/20付 朝稽古はじまる

8/21付 朝稽古2日目

8/22 横綱・日馬富士も参加

8/23付 関取衆との交流にファン歓声

「スー女」や子連れのお母さんも会場に多く集まりました。相撲ファンの女子って多いんですね。

8/24 合宿終了、来年にも期待

8/24付において、「翠富士」となるべき原稿が「琴富士」となっています。スポニチ編集部さんのミスとのことで、後日、訂正が出ました。

以上です。

だいたい朝8時の稽古開始に合わせて相撲場に行き、打ち合わせ、撮影、取材。そこで一旦、原稿の仮まとめ。そして、午後からのイベントや表敬訪問の会場に移動し、撮影、取材。このあたりでスポニチさんの締切に合わせて入稿。さらに夜の交流会、激励会の会場に移動して、撮影。という作業の流れでした。

新聞記者はこういうことを毎日やっているんでしょうか。Life-mag.の場合はDTPやデザイン、経理、営業、広報などもあって、「取材」にあてられるのはほんの一部なので、なかば強制的に「取材」に専念する日々というのは新鮮でした。途中の隙間時間で納品を1件させてもらいましたが...。

ここまで連日、弥彦に通ったのは【寺泊・弥彦・岩室・巻 編】の取材以来でした。また弥彦の取材がしたいなと思いました。まだまだ奥が深いです。

2017年8月27日日曜日

納品、補充回り。昨日は新津・英進堂へ

英進堂さん。ポップを拾い読みするのも楽しい

昨日は新潟市秋葉区の英進堂さんへバックナンバーの補充、納品に行ってきました。創刊号の頃からお世話になっている書店です。

いつも棚を眺めているだけで時間が経つのを忘れてしまう書店のひとつです。まえにブログやツイッターでも書いたことがありますが、ひとつひとつの棚に書店員さんの意志が通っていて(わたしにはそんな気がして)、棚を眺めながら「あぁ、これはこういう意図かな? えっ!?なにこの本? あぁ、すこし前の本だけどそういえば気になってたんだよね」などと心の中でつぶやいて、本棚を介して書店員の方との会話を楽しんでいます。

いや。

まぁ、面識もあるんだし、面と向かって話せよってことなのかもしれませんが。わたしはそうやって楽しんでいます。

そういえば今月の頭にこんなことがありました。参考図書が欲しくて、〈取り寄せ〉をお願いしたいと電話したことがありました。

「わかりました。揃いましたら電話いたします」

その5分後。

「揃いました。在庫しているものでした。いつでもどうそ」

と電話が。

欲しかったのは、登山地図1枚と講談社ブルーバックスの2冊で、通常は置いてないだろうというわたしの思い込みから〈取り寄せ〉をお願いしますと電話してしまいました。それがピンポイントにあるんですね。恐れ入りました。ネットより早い。

新津に行く機会があればぜひ訪ねてみてください。
英進堂さんツイッターはこちらhttp://twitter.com/eishindo

ほか今月に入ってから、新潟市美術館ミュージアムショップルルルさん、新潟市岩室観光施設いわむろやさん、里山ビジターセンターさんにも補充の納品でお邪魔しました。

少しずつ、少しずつ、ほんとうに少しずつですが、地道な営業活動も続けています。在庫の補充や精算になかなか伺えていないところもあると思います。すみません...。

そして、次号の案内もなかなか出来ずに心苦しいところですが、取材編集は少しずつ進んでいます。お待ち頂いている方には申し訳ありません。

資金や心身、どうにかバランスをとりながら次号発刊に漕ぎ着けることがなによりの恩返しかなと思い、遅れ遅れではありますが、制作を進めています。発刊のめどが立ちましたらまたここでも案内させていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。

2017年8月26日土曜日

新津・三方舎にて「ここあつまる展」

カメラマン・横山満さん(満天.photo)|三方舎にて|2017.8.26

新潟市秋葉区の三方舎にて加茂市の作家ら8人による合同展「ここあつまる展」が8/26〜9/3まで開催されています。初日の今日、お邪魔してきました。

加茂市出身または在住の書家、写真家、陶芸家ら合同展で、過去2回は加茂市内を会場にしていたものが今回初めて新津地区での開催となったそうです。会場の三方舎さんはこれまでLife-mag.の取り扱いや広告主としてお世話になってきたギャラリーでもあります。

今回は写真家の横山満さんから案内をいただいて行ってきました。

横山さんとは、横山さんが撮った写真との出会いのほうが先でした。加茂の商店主らを取材した『加茂本』というフリペーパー、そして県内の農業者を各号特集していく『稲花』という雑誌の写真です。

写真を見たとき「取材対象者のもつ〈やわらかさ〉〈あたたかみ〉を引き出すのがうまい。これは一体誰が撮っているんだろう?」と思いました。

その後、2016年、いわむろやの小倉館長からの依頼で「やさいのへや」の取材を始めると、その年、「やさいのへや」広報用の写真を撮っていたのが横山さんで、本人にお会いしました。「やさいのへや」のフェイスブックページで時々、横山さんが撮った写真もアップされていますが、やはり同じ印象を持っていました。

今回の展示会では「人物写真」10点ほどが展示されていました。

「どんな場所で撮りたいか、構図は、人物は、そして下見や下準備をして本番に挑む。なんか釣りと似てるかもしれませんね。俺はすっげ雨男なんすけど(笑)」

「これまでは依頼内容に沿った写真を撮ってきたけど、今回初めて作品撮りをしました。でも俺のは〈アート〉っていうのとはほど遠いと思います。普段の仕事の延長かな。撮影者の意図や感性よりも、モデルになってもらった人が喜んでもらえる写真が撮れれば一番の満足です」

「今度は〈男性〉をテーマに撮ってみたいっすね。職人とか」

などなど、横山さんのコメントです。今まではお互い仕事の合間で立ち話しかしたことがありませんでしたが、初めて座ってしゃべりました。

Life-mag.次号で横山さんの写真を数点使用する予定です。

三方舎webより

他の作家さんも在廊しているので、制作エピソードなど話が聞けると思います。9/3まで。ぜひお出かけください。

2017年8月18日金曜日

本の紹介『町を歩いて本のなかへ』南陀楼綾繁(原書房)

町を歩いて本のなかへ

南陀楼さんがこれまで様々な媒体に書いてきた書評、エッセイ、ルポをまとめた『町を歩いて本のなかへ』が発行されました。

ブックイベントやリトルプレスについて書かれたものや週刊誌などに寄稿した書評、そして、日記と書評をミックスしたような第3部「早稲田で読む」など、どれも引き込まれる文章です。どの文章も客観的な批評ではなく、かならずその本が南陀楼さんの人生にどう影響を与えたか、寄り添ったかが出てくるのがとくに好きです。

ブックイベントについて書かれた第1部「町と本と」では、ニイガタブックライトについての文章も掲載されています。「新潟の一箱古本市の特徴はマニアックな本がよく出ること、いい本なら高めの値段でも買っていくお客さんがいること」との評も。

第2部の書評では新潟に関する本だけでも、『州之内徹 絵のある一生』『クラクラ日記』『北越雪譜』『近代出版文化を切り開いた出版王国の光と影』などがあります。そして、第4部「本と人と、それから」ではLife-mag.【シネ・ウインド編】に寄稿してもらった「『シネ・ウインド』日記と成しえなかった夢のこと」も再録されています。あとは一緒に行った粟島取材で南陀楼さんが撮った粟島の路地の写真も。

それからわたしが背中を押されたひと段落がこちら。

「もちろん、経済基盤は強いとは云えない。他の仕事で得た資金でかろうじて続いている雑誌もあるだろう。頼りにしていた「場」が突然なくなってしまうこともあり得る。だけど、ひとつの地域に住みながら、そこにある文化、歴史、人などの資源を掘り起こしてかたちにしていく仕事は、たまらなく面白いはずだ」(p.062)

2016年2月に書かれた「いま、地方のリトルプレスは」と題した文章の一節です。

わたしもほんとにそう感じています。

右往左往しながら、9年でやっとこさ9冊を発行。少しずつではありますが、県外の書店さんや読者の方から注文をいただける機会も増えてきました。新潟にはどんな歴史や文化、人物がいるのだろう? とページをめくってもらえるのは、もちろん大きな喜びとやり甲斐です。

しかし、なお大きなやり甲斐は、同じ土地に暮らす読者の方々にこの雑誌が届き、読後、その読者が自分たちの暮らす土地への見え方、見える景色が変わったと言ってもらえる時です。地元という日常の景色に彩りと深みを感じてもらえる雑誌を作れたらなと、そんなことを考えながらページをめくりました。

全408ページ。短い文章が多いのでどこから読んでも面白いです。ぜひ手に取ってみてください。

2017年8月10日木曜日

「石川直樹 この星の光の地図を写す」新潟市美術館

篠田市長(左)を案内中の石川さん(右)

新潟市美術館にて「石川直樹 この星の光の地図を写す」が始まりました。会期は2017年8月10日から9月24日までです。Life-mag.vol.009【寺泊・弥彦・岩室・巻 編】で石川さんに取材させていただいたご縁もあったので、今日の開場式に取材に行ってきました。

市美術館webより

石川さんは国内外の極地を旅しながら、そこで暮らす人と交わり、写真を撮り、文章を残してます。その膨大な旅の軌跡を振り返ることのできる展示会です。新潟市で開催された「水と土の芸術祭2015」への参加を機に撮影された〈潟と里山〉シリーズの展示もあります。

今日は開場式ということもあって、足早に見てきただけですが、この世界がこんなにも驚きと未知に溢れているのかと、好奇心を駆り立てる展示の数々でした。

ルルル

ミュージアムショップ ルルルでも展示会に合わせて石川さんとのコラボ商品が展開されていました。「浮き星」やTシャツ、クリアファイル、「写ルンです」など。写真集や書籍、ポストカードも揃っていました。

f3 webより

また、沼垂のbooks f3では共催企画として「石川直樹 写真展『POLAR 2017』」が9月4日まで開催されています。「写ルンです」で撮影された北極圏の新作作品とのこと。

ちょうど混んでてうまく撮れませんでした。ぜひ行ってください!

新潟の作家・小出真吾くんが終盤、美術館に缶詰状態で設営したという「直樹の部屋」もよかった。実際に使われた道具のひとつひとつ、知恵となり肉となった蔵書の1冊1冊を間近に見ることができます。

美術館からf3へ、ぜひ足を運んでみてください。

開場式テープカット

展示は見応えがあって、ぜひ皆さんにおすすめしたいですが、わたし自身にとっては「わぁ〜、すごかった〜」だけで帰って来れる展示ではありませんでした。

その圧倒的な密度の仕事の数々に触れると「やっぱ悔しいな」とも思います。

見せられっぱなしで、ヤラれっぱなしで。

「お前は新潟にいてどれほどやれてんの?」「どれほどの仕事ができてんのか?」とも自問自答してしまいました。地道に、目の前の仕事でベストを尽くして、まだまだ力をつけていきたいなと思いました。

2017年8月8日火曜日

自伝本の編集、制作を請け負いました

『泥から生まれ、水と土で生きた人生 自伝・井田忠三』

目次、全7章、327頁

幼少期、姉妹との写真

「土方はホソ一丁で日金が入る」。飯場の角にはいつも怪しい酒があった。土方時代の話

結婚写真

地方巡業の力士を泊めたときの話

海外旅行の写真。写真のみのページもあり

漫画や新聞記事なども掲載。雑誌っぽい要素も入れました

本文レイアウト。Life-mag.より大きく、行間もゆとりがあって読みやすいかなと思います


編集、制作を請け負っていた自伝本が先週末、刷り上がってきました。作業の流れや経緯などをブログでも紹介したいと思います。

2016年の年末、郷土史家の斉藤文夫さんから、「友人の井田忠三さんが自伝本を作るのに、あなたに編集をお願いできないか」と電話がありました。正月明けに斉藤さんと一緒に井田さん宅を訪問。2017年3月に作業開始前の打ち合わせを行い、本格的な作業は4月から始めました。

井田さんは、建設業を約20年、その後、岩室村村会議員を約25年務めた方です。現在、82歳。2016年に旭日双光章を受章したことを機に、これまでの半生をまとめることにしたそうです。

その後、みかん箱から溢れるほどの手書き原稿と資料、写真との格闘が始まりました。

担当した作業は以下のような内容です。

著者との打ち合わせ、原稿の整理、打ち込み作業、写真の読み込み、フォトショップでの画像処理、本文レイアウト、装丁、そして印刷会社との打ち合わせ。

本文レイアウトは、フォントの大きさ、字間・行間の幅を微調整しながら、3案ほど作って決めました。

装丁は、著者が筆で書いた文字をイラストレーターでトレースして、配置。写真は野鳥と触れ合っているものを使いました。5案ほど作った中から、方向性を決めて作り込んでいきました。

四六判で327ページ。本文の紙は、カラー写真が多く入っていることもあり書籍用の紙のなかでも白色度の高い紙にしてもらいました。表紙はヴァンヌーボという紙です。

著者との打ち合わせで、お宅に伺ったのは40回ほどでしょうか。電話での細かい打ち合わせ、校正は100回ほどでしょうか。印刷会社さんへ、打ち合わせ、データ受け渡しなどで伺ったのは5回。

井田さんは、気になったことはすぐに解決したいという性格で、細かい連絡、催促が多くありました。自費出版本の制作会社に勤める友人もいて、なんとなく作業のことは聞いたことがありましたが、これほど大変なのかと思い知らされました。印刷会社に頼んだ場合、こういった作業は何人で担当するのでしょうかね...。

今回の印刷は西蒲中央印刷でした。井田さんが議員時代から名刺やポスター、資料などを印刷していて、懇意にしている会社とのことでした。

西蒲中央印刷は、昭和35年に「和納印刷所」として開業。現在、わたしが暮らしている地区です。社長の前山勝さんとの打ち合わせ時、「わたしも和納の生まれです」と話していると思わぬ因縁があることが発覚。

わたしの実家が25年ほど前に新築した時、建て替え期間中に間借りしていた借家が前山さんの旧宅、元和納印刷所だったのです。当時、わたしは小学生で、中二階の小部屋に机を置いて、部屋にしていました。

いまこの記事を書いていて思い出しましたが、借家の窓から脇に停めてあった親の車の上に飛び乗って、そこから乗ろうとしたらドアに指を挟んだことがありました。

バタンとドアを閉じたら、なぜか引っ張られている感覚が...。見ると指がドアに挟まれていて、「こ、こ、これは、指がもげた!!!!」と焦りました。しかし、痛みはありませんでした。運よくドアと車体のごくわずかなスペースに指が入っていたようで、セーフ。遊びに来ていた友達にドアを開けてもらい事なきを得ました。

また、借家暮らしの数ヶ月間は、朝の集団登校の班が変わって、違う友達らと登校していました。生活の移行期の非日常を、前山さんの旧宅にお世話になって過ごしていたのです。

いろいろな縁があるもんですね。

かつて和納で開業した家族経営の印刷会社はいま、国道116号線沿いの津雲田地区に自社社屋を建てて経営されています。年商5億、従業員20名の会社となっています。いや〜、、、すごい。

話が本のことからそれてきたので戻します。

本の内容は、幼少期の思い出や戦争の記憶、荒れた青年期のこと、土方から建設業界で働いたときのこと、議員時代の仕事、地域での文化活動のこと、友人からの寄稿文、昨年の受章記念祝賀会の記録などの7章で構成されています。

個人の記憶ではありますが、郷土史の一断面として残しておくべき内容もありました。戦前、戦中の子どもの遊びや、軍事演習、見送った兵士、集落最後の火葬など岩室、西蒲原地区の暮らしがよくわかる記述もあります。(現新潟市中央区の白山神社でチンピラにボコボコにされて翌朝、学校町通の血液銀行で血を売って電車代を捻出して帰ってきた話も面白い)

ただ、議員という仕事柄もあると思いますが、利害が対立する場面も書かれています。こういう記述でいいのだろうかと迷う場面もありましたが、自費出版の自伝本であり、著者の意向を優先して進めました。

本は、仕事を共にした方々や支援者、友人知人などに配るそうです。わたしも1部いただきました。もしどんな本か見たい方がいたら、問い合わせください。これまで「雑誌」という媒体しか作ったことがありませんでしたが、「本」作りという貴重な経験をさせていただきました。

2017年7月7日金曜日

新潟大学にて非常勤講師

授業開始前の様子

昨年度に続き、今年度も新潟大学人文学部の「キャリア形成」という授業の2コマを担当しました。人文学部の3、4年生、約200人に向けて、これまでの進路選択や雑誌を作りながら悩み、迷い、決断してきたいくつかのエピソードを話してきました。

6月14日14:40〜の1回目は、主に大学卒業後はじめての就職、社会人生活、「雑誌」という表現に辿り着いた思い、起業までのドタバタなどを話しました。

6月21日14:40〜の2回目は、はじめての取材から創刊へ、その後の人のつながり、休刊から復刊へ、佐渡編取材のことなどを話しました。

授業の主旨は去年の同じですが、いま授業用のノートを振り返ってみると同じことを話したのは半分ほど。こちらの気持ちの変化、学生や教室の雰囲気、担当教授の思いによって変わるもんだなとあらためて思いました。

授業の冒頭に「買ったことはないにせよ、Life-mag.という雑誌が新潟にあることを知っている人〜?」と聞くとゼロ。今年も出鼻をくじかれてのスタートでした。ちなみに「隅から隅まで読まないにせよ、新聞を読む習慣のある人〜?」と聞くと1割くらいでした。

授業で話した内容の一部をブログにも書いておきます。

はじめてのインタビューの時、私はボイスレコーダーのスイッチを入れたら頭が真っ白になって、「アレ? どうすればいいんだろう」としばし固まってしまいました。それは「聞く」ということは、受身の行為(受動)だと思っていたからです。

取材をこなしていくなかで、「聞く」という行為が成立するには、「問う」という能動的な意志表示が必要であることに気づきました。取材に応えて「話す」方が、勝手に好きなことを話すわけではないですよね。

そんなことすらわきまえずに取材を始めていたんです。いまも変わりませんが、まぁ、アホですね。

なぜこの話をしたのか。

それは、授業も同じだと思うからです。

私はどうしてもしゃべりたいことがあって学生の前に立っているわけではありません。時々、出させていただくトークイベントに参加した方は「コバヤシくん、話すの下手っ。授業なんてできんの?」と痛感していることと思います。

では、私はどうやって授業に臨んでいるのか。それは、教授からの依頼、つまり「問い」に対して、精一杯応えようと思って、準備して、教室まで足を運んでいます。

そして、それを「聞く」学生もそれぞれに「問い」を持って聞いてもらえたらなと思っています。既定の枠組みを「疑う」「問う」姿勢は、学問を志す人も社会人にも少なからず必要なことではないでしょうか。

インタビュアーもインタビュイーも、授業での先生と学生も、受動と能動が常に入れ替わりながらそこにあるものだと思っています。

もうひとつは、1週目から2週目の授業の間に出掛けた取材のことです。vol.010【西蒲原の農家 編】の取材で掲載予定の燕市の「下粟生津四季生業図絵馬」についてです。撮影してきたばかりの写真を見せながら、この絵馬についてどんなことを書こうと思っているかを話しました。

この絵馬には、四季の農作業の様子、武士や文人墨客、旅芸人など様々な職業人、多くの動植物が描かれています。約200年前、新潟に暮らした私たちの先祖が、郷土の生業と自然の多様性を願い奉納した絵馬です。

現代の自己啓発本との類似や漢文学者の白川静さんが言う「予祝」などを手がかりに原稿を書こうと思っていることを伝えました。2月の亀田での講演会もそうでしたが、「いま取材していること」について話すのはやっぱり面白いですね。

さらに新潟市西蒲区にかつてあった「鎧潟」で捕った魚を売ることで、昭和8年に創業した割烹渡辺さんの歴史についても紹介しました。鎧潟干拓後に料理屋へと業態を変えて来ました。こちらも【西蒲原の農家 編】に掲載予定です。

授業の最後にvol.009【寺泊・弥彦・岩室・巻 編】の取材で得た問題意識から、弥彦山系にあった修験の道や神仏分離以前の彌彦神社の信仰の痕跡などについて触れ、「だれか卒論でやってみない?」と呼びかけました。

授業が終わってから数人の生徒が声をかけてくれたのも嬉しかったです。

石川県出身のある学生は「授業を聞きながら考えてたんですが、かつての能登国と加賀国の境界線って大海川だったんですよね。いま暮らしていると意識はしないんですけど」と声をかけてくれました。

「既存の行政区画ではなく、山や川で補助線を引いて編集してみるのも面白い」と授業で話したのに応えてくれたようです。「授業を聞きながら考えてた」というのがとくに嬉しかったです。

ありがとう。

授業には出てなかったんだけど、進路指導の先生が「いま大学内に小林さんがいるから声をかけてみろ」と言われて来た学生もいました。

学生の悩みに具体的で明快な答えを与えることはできなかったと思いますが、なにか一歩を踏み出すときのきっかけになれたらなと願っています。

担当の高橋康浩准教授にお世話になりました。

ありがとうございました。

2017年7月6日木曜日

【新規取扱】文学と美術のライブラリー游文舎(柏崎市穂波町)

文学と美術のライブラリー游文舎さんにてLife-mag.の取り扱いをお願いさせていただきました。游文舎は有志の方々が共同で運営するギャラリー兼私設図書館です。展示会やコンサートなどが不定期で開催されています。

6月3日、「北條佐江子展 天詩降る森で」のオープニングパーティにお邪魔して、ご縁をいただきました。北條さんは弥彦村在住の画家で、Life-mag.vol.009【寺泊・弥彦・岩室・巻 編】で取材させていただきました。わたしが取材した際に描きかけていた絵も展示され、北條さん独特の生命、自然観、宇宙や神話世界を織り交ぜた世界が広がっていました。

パーティで自己紹介もさせていただき、Life-mag.を初めて知った方もいました。その場で買ってもいただきました。顔を出して、頭を下げて、1部ずつ、ひとりひとりに届けることの大切さと、喜びをあらためて感じました。

ありがとうございました。

パーティの写真を数枚載せます。

游文舎の柴野さん

手にしているのは柴野さんらが編集、発行する『北方文学』です。詩、小説、批評などが載り、現在74号。新潟での雑誌づくりの先輩でもあります。

パーティの様子

右列中程が北條さん。

図書スペース

壁には北條さんの絵「弥彦の杜」。

余興のダンス

北條さんの絵画教室に通っている生徒さんの息子さんによる余興。マイケル・ジャクソンにそっくり。

游文舎の図書スペースをすこし紹介。書店、古本屋、公立の図書館、ブックカフェなど「本」に触れる場所はいくつかありますが、游文舎の私設図書館はここにしかできないことをやっているなと思いました。まぁ、マニアックな本の数々...。

たまたま手に取った本がこちら。

川田喜久治『地図』

原爆ドームのシミを徹底的に撮影した写真集。デザインは杉浦康平。ほかにもたくさん本がありましたが、なぜか異様な雰囲気を感じて手に。

游文舎

柏崎市は新潟市西蒲区から116号線を走って1時間ちょっとでした(時間がなくなって、西山ICから柏崎ICまで高速使ったけど...)。道中、ツバメコーヒーさんに寄って、ベルツのビスコッティを差し入れ用に購入。

游文舎のスケジュールをチェックして、近くに行った際はぜひのぞいてみてください。

2017年7月3日月曜日

斉藤文夫さんを囲む会に参加

写真家で郷土史家の斉藤文夫さんを囲む会に参加してきました。新潟日報の「おとなプラス」にともにライターとして参加している本間大樹さんにお誘いいただきました。

6月某日、同じくライターの古俣慎吾さん、本間さんが参加している「安吾の会」から永田幸男さん、小川弘幸さん、さらに本間さんの東京での仕事仲間である蛭田勇介さんたちとご一緒させていただきました。

14:00に旧庄屋佐藤家に集まるとまず斉藤文夫さんの案内で福井集落を歩きました。福井集落の歴史や自然について話を聞きながら、1時間ほど散策。天保の大火、室戸台風の被害がどうだったか、その痕跡を示しながらの説明はとくに興味深かったです。

忘れなきゃやってられないことも多いですが、あの時の悲劇や悔恨をこうも忘れやすいのかと思うこともしばしば...。天災や事故をゼロにすることは難しいかもしれませんが、被害を最小限にする工夫や知恵の伝承はもしもの時への有効な備えでしょう。ことあるごとにしつこく繰り返す古老の姿勢はさすがだなと思いました。

15:00に佐藤家に戻り、乾杯。斉藤さんの話を聞きながら過ごしました。20:00に福井のホタルを見に再び散策。二次会は岩室温泉のウインズへ。本間さんたちはほてる大橋に宿泊。そして散会となりました。

写真と余興の映像をアップします。

散策の様子

斉藤さんの玩具コレクション

仕出し弁当をつついてお酒を

本間さんは先日、「おとなプラス」に佐渡の羽茂をテーマに寄稿。取材の際に買って来たという加藤酒造店さんと逸見酒造さんの日本酒、大吟醸2本も空に...。会費足りたのかな。



古俣さんによるギター演奏の余興。遠藤実「ふるさとよ ありがとう」。古俣さんは「おとなプラス」で新潟にまつわる「歌」をテーマに寄稿していて、数ヶ月前に遠藤実と内野をテーマに寄稿していました。この日は、地元・内野にちなむ遠藤さんの1曲を披露。

2017年6月21日水曜日

【イベント報告】「リトルプレス鼎談@北書店」に参加しました

イベント後の雑談の様子

6月19日、ニイガタブックライト主催の「リトルプレス鼎談@北書店」に参加しました。このイベントは前日、18日の一箱古本市in現代市の関連イベントとして開催されました。

一箱古本市の仕掛人・南陀楼綾繁さんの進行で、ブリコールの桾沢厚子さん、Life-mag.小林がそれぞれ活動の経緯や思いなどを話しました。

桾沢さんの人生を変えた本との出会い、『昭和の記憶』の制作エピソードははじめて直接聞けました。桾沢さんによる、巻町双書に寄せた河治町長の文章の朗読もよかった。10代の頃から本や雑誌、同人誌にマニアックに関わってきた南陀楼さんの話も面白かったです。

上の写真はイベント終了後、それぞれが持ち寄った影響を受けた雑誌などをめくりながら雑談する様子です。イベント中の写真は後日ブックライトさんのWebにアップされるとのことです。

ブックライトさんの事前告知に「佐藤店長のちょっかいもお楽しみに!」とありましたが、今回イベント中にハッとさせられた一言がこちら。


「小林くんは〈余白〉の人だから」


これは、言葉の響きを大切にするという意味か、聞き手それぞれの解釈の幅を大切にするという意味でしょうか。いやいや、「小林くんあんましゃべんねーな」というシンプルな意味か。どちらにせよ、言われた本人は妙に合点がいく一言でした。

雑誌の発行やなにかのタイミングでLife-mag.も主催イベントを久しぶりにやってみたいのですが、どうにも余裕のない日々を送っています。次号や既刊誌に関わるなにかをテーマに読者との交流をはかりたいのですが...。

そんな思いもあるので、今回のようにイベントに出させていただく機会はほんとうにありがたいです。傍目には出歩く仕事に見えるかもしれませんが、実際のところは、編集、デザイン、納品、経理ほか雑務と、ひとり頭を抱えている時間がほとんどです。読者や旧知の知り合いに直接会える機会は、精神衛生上たいへんありがたいのです。

主催いただいたニイガタブックライトの亀貝さん、スタッフの皆様、受付を手伝ってくれた文旦さん、会場の北書店・佐藤さん、そして参加いただいた皆様、ありがとうございました。

最近、追い込まれて泣き崩れるという夢を見て、「あぁ、いろいろ追い込まれてるのかなぁ」と思っていたのでいい刺激になりました。

以下にイベント前の時間に歩いて撮った写真を載せておきます。

寿湯

岩室駅から越後線に乗って白山駅で下車。15時過ぎに一旦、会場入り。その後、西堀通のクラシックショップ「コンチェルト」の佐藤さんのことろへ。そして「新潟絵屋」の蓮池もも展へ。この日は暑く、午前中からの汗を流してからイベントに出ようと、こんぴら通りの「寿湯」へ向かうも休業中。


金刀比羅神社

ななめ向かいの金刀比羅神社でイベントの無事を祈って参拝。本町通の「いずみ湯」に向かうも月曜休み。古町通の「菊乃湯」は休業中。う〜むと、白山浦の「有馬湯」に向かうと月曜休み。


飛鳥

歩き疲れて、学校町通の「飛鳥」で夜定食700円。がっつりでした。「はい、学生さん。ご飯おかわりしてよ」と学生に間違えられ、不思議な心地よさ。

看板

18時過ぎ、満腹状態で会場戻り。汗を流すつもりが、逆に汗をかいてしまいました。とほほ。

タガヤス堂さんのコーヒー

各種メディアで話題沸騰中の佐渡の羽茂から来たタガヤス堂さんのコーヒーを飲んで、いざ、イベントへ。オケサドコーヒーの豆、美味しかったです。次回の佐渡納品回りの際は、ドーナツも食べたい。

以上です。