2018年6月28日木曜日

【完成】『「夏井のはざ木」手帖』を編集しました

「夏井のはざ木」手帖

新潟市西蒲区の夏井地区に残るはざ木のことをまとめた『「夏井のはざ木」手帖』が完成しました。先日お知らせした『岩室温泉お宿手帖』と並行して取材・編集を続けていたものです。

2回折って、A6判になるもので、6ページの構成になっています。こちらも岩室温泉地域づくり協議会には納品済みですので、お宿手帖と合わせて今週から西蒲区内、周辺地域で配布が始まります。

「はざ木とは」、「夏井地区の歴史」、「はざ木の保全活動、観光、教育への活用」、「わらアートまつり」、「談志の田んぼ」、「斉藤文夫写真集:はざ木のある風景」、「はざ架け米」などの紹介をコンパクトにまとめた観光パンフレットです。

表紙の写真はカーブドッチ内に写真スタジオ構える田中幸一さん(AHM-Wink)からお借りしました。ありがとうございました。(*パンフレットではHとMの順序が逆になっていました。お詫びして訂正させていただきます。すみませんでした)

県内外の観光パンフレットの撮影を多く手がけてきた方で、写真を借りにいった際、撮影エピソードを聞かせてもらいました。どれほど時間をかけて「作品」と呼べる一枚を撮っているのか...、そこにかける情熱、探究心がすごかったです。

田中さんのスタジオ兼ギャラリー「AHM-Wink」
スタジオ名はPink FloydのATOM HEART MOTHERから

スタジオにはギャラリーも併設されていて自由に見学できます。いまは田中さんが顧問を務める写真クラブの作品が展示中です。カーブドッチ、ヴィネスパ、Life-mag.vol.010【西蒲原の農家 編】掲載のごとらって・後藤敏子さんのお店など訪ねる機会があれば、ぜひ寄ってみてください。

誌面の全体はこのような感じです。文章は読めないサイズなっています。ぜひ西蒲区内や周辺地域でパンフレットを手にとってみていただけたら嬉しいです。

夏井のはざ木手帖

昨日、夏井地区の区長さんのお宅を訪ねて完成の報告とお礼をしてきました。

「自治会でもちょうどはざ木のある風景にからめて秋頃イベントをできないかと検討していたところでね。こういうのがあるとありがたいてぇ。夏井全戸に配るて」とのことでした。

Life-mag.の取材・編集でもそうですが、取材対象地域の方々が地元の魅力を再発見する機会になれること、それがまたわたしのやり甲斐にもつながっています。どんなに素晴らしい活動でも、その土地に暮らす人たちを置いてけぼりにしないよう心がけたいものです。

夏井地区には、西蒲原のかつての田園風景を象徴するようなはざ木が保存されています。四季折々の表情を見せる夏井、岩室温泉、そして西蒲区にどうぞお越しください。

2018年6月27日水曜日

編集室の窓から

学校町の編集室から、新潟市西蒲区に移ってからは人の往来より野鳥の飛来を見ながらの編集作業が続いています。

カワラヒワ

昨日(6/26)の午後はカワラヒワがぴょんぴょんと飛び跳ねているのが編集室の窓から見えました。カラスとスズメとハトしかわからなったのに、プラスαでひとつふたつでも見分けられると嬉しいですね。

ま、野鳥の先生に確認してから書いたんですが...。

龍司くん

燦燦カフェランチ

看板

今月、初旬。新潟市西蒲区のアクアデザインアマノに勤める小川龍司くんから、野鳥からみる新潟の自然環境について個人授業を受ける機会に恵まれました。中学〜高校時代、佐潟で野鳥観察をしてから登校していたという野鳥マニアです。

海、山、川、平野、街などがある新潟県は多くの野鳥が見られる野鳥観察には恵まれた自然環境だそうです。日本では約600種、新潟では約410種が観察できるそう。

西蒲区周辺地域のどこにどんな鳥が住んでいるのか、渡ってきているのか、細かく知っていて驚きました。また、河川や道路整備が野鳥の生態系にどのような影響を与えるのかまで。

いやぁ、すごい情熱に圧倒されました。いつか龍司くんの視点を借りて、なにかの特集を形にしてみたいです。

角田山灯台コースより イソヒヨドリのきれいな鳴き声とともに

待ち合わせ場所にした燦燦カフェは、角田岬灯台のすぐ近くにあるお店です。新潟市中央区の北書店・佐藤さんの昔のバンド仲間が経営するカフェ。北書店の販売棚もあって、Life-mag.も【寺泊・弥彦・岩室・巻 編】を中心にすこし置いてもらっています。

「新潟市の自然に育まれる海岸林の野鳥たち」

こちらは「にいがた野鳥の会」が編集協力し、新潟市環境部環境政策課が発行した『新潟市の自然に育まれる海岸林の野鳥たち』というポケット図鑑です。龍司くんからもらってから、ずっとリュックに入れて持ち歩いています。

同課は、「にいがた市民探鳥会」というのも開催しているそうで、いつか参加(取材)してみたいです。

わたしたちの暮らす身近な生活圏に多様な動植物もまた生きて、暮らしていることを知ると、日常を見る視点が変わってくるなと感じています。人間のリズムだけでなく、彼らのリズムを感じるのは楽しいです。

新潟は、亀田郷や西蒲原をはじめ、潟や沼地のひろがる低湿地を、途方も無い労力をかけ干拓してきた歴史を持ちます。今後行われる潟や里山、道路や河川など人為的な開発も自然や動植物との調和のなかで進んでいくといいなぁ、と最近感じます。

いつか、なにかの機会の問題意識に。

スズメ、ムクドリ、ハト

べつの日の窓から。同じ場所でスズメ、ムクドリ、ハトが餌をつついていました。

2018年6月25日月曜日

【完成】『岩室温泉お宿手帖』を編集しました

岩室温泉お宿手帖

岩室温泉地域づくり協議会から依頼をいただいて制作を進めてきた『岩室温泉お宿手帖』が完成しました。岩室温泉の8軒の旅館・ホテルの女将(または宿主)らに登場いただき、旅館の特徴や歴史、本人の人柄などを取材しました。

また、岩室温泉の由来、旅館全体で取り組んでいる朝食のレベルアップ研修、岩室温泉地域のイベント・お祭りなどの歳時記のページも作りました。A5判横・28ページのフリーペーパーです。

週末のうちに、協議会の事務局である新潟市岩室観光施設いわむろやの小倉館長に納品してきました。新潟市西蒲区を中心に旅館・ホテル、飲食店、観光施設、行政施設等に配置を進めていくそうです。

各店5〜10部くらいの配置なので、すぐに無くなってしまうことが予想されます。確実に手に取りたい場合は、いわむろやのカウンターで申し出るのがいいかと思います。

誌面は以下のような感じです。

ゆもとやさん

濱松屋さん

高島屋さん

岩室温泉の由来

全体の編集(と一部の取材・撮影)はLife-mag.で行いましたが、各取材は4人のライター・カメラマンに手伝ってもらいました。「にいがたレポ」チームから編集長の唐澤頼充くん、竹谷純平くん、長谷川円香さん。そして、Life-mag.編集見習いの村山亜紗美さんです。

ありがとうございました。

最後に制作にあたって感じたことを一言付け加えておきます。

「この冊子を西蒲区内で配って、消費者に届くの? もっと直接訴えかける方法はないの?」という問いに答えるためです。

この冊子はできれば岩室温泉のある新潟市西蒲区の住民・企業にお勤めの方々に読んでもらえたらなと思って作りました。

地元の温泉旅館ではありますが、〈どんな人が〉〈どんな思いで〉〈どんな歴史があって〉やっているかを知る機会は少ないと思います。わたしもこのお宿手帖の編集をするまでほとんどのことを知りませんでした。

地元の人が地元のことを語るとき、そこに独特の説得力を感じることはないでしょうか。取材で各地を歩きながら感じることですが、「あそこの居酒屋の○○がうまいぞ」「あの店の○○店長のキャラクターが」「いまの時季にあの場所から見える景色がほんと好き」「季節限定なんだけどあそこの和菓子屋の○○ってのが絶品」...、など地元の人から聞く情報を頼りに取材を進めることは多いです。

このお宿手帖は薄い冊子ではありますが、各旅館・ホテルを経営する方々の思いや歴史といった〈小さな物語〉を掲載しました。手にとって読んだ方が、その物語のどこかに共感して、なにかの機会に、地元の旅館・ホテルのことを語って伝えてもらえるよう願って作りました。

この冊子は優秀なコンサルやマーケティング会社が作ったものではなく、地域づくり協議会と地元の編集チームで作ったものです。〈お得な情報〉はひとつも載っていません。

まずは同じ地域に暮らす人が、同じ地域にある温泉旅館のことを知ること。遠回りかもしれませんが、地域の力を高め、微力でも人を呼び込むことにつながると思います。

何本かの記事は追ってウェブでも紹介できたらと思います。

岩室温泉にぜひお越しください。Life-mag.編集部も近いので気が向けば声をかけてください。

取材に協力いただいた旅館・ホテルの方々にあらためて感謝します。ありがとうございました。

2018年6月22日金曜日

新潟大学で非常勤講師、今年度分おわり

新大五十嵐キャンパス

一昨年から続いている新潟大学での非常勤講師、今年度の2回目が終わりました。毎年2コマだけですが、担当させてもらってます。今年は6/13(水)と6/20(水)でした。「キャリア形成」という授業で人文学部3年生を中心に医学部、農学部、工学部など他学部もふくめ約200人が受講している授業です。

面識のある方なら少なからず思うことだと思いますが、「え〜、小林くんうまくしゃべれんの?」と...。

えぇ、できませんよ。そんなの。

理路整然と「おれはこんな生き方・働き方をしてきた!」と、ユーモアを交え、生徒をひきつけ語ることなど...。

いつも通り、揺れ惑いながらも、縁を結んで歩いて、どうにか次の一歩を踏んできた、取材出版記を朴訥と話してきました。

「あの先生、自信なさそうだなぁ」と思われたことでしょうが、もうそんなことはどうでもいいです。揺れても、迷っても、止まっても、その時々の状況下で自分のできる範囲で、泥臭い一歩を、泥臭い次の一冊を積み重ねるしかないと思っているので。

授業のほとんどは、わたしのドタバタ編集記ですが、わずかな時間に授業とインタビューの共通点ということで、ふたつ話しました。

授業では、
学生=「聞く」、先生=「話す」
インタビューでは、
取材する人(記者・ライター)=「聞く」、取材される人=「話す」
となるかもしれません。

ただしそもそも「話す」→「聞く」の関係を成り立たせるには、「問う」ということが(前提として)必要になってきます。取材も授業もどんな「問い」を持って「聞く」かが重要だよ、と。

もうひとつは、「聞く」という行為は受け身なものじゃなくて、双方向性(インタラクティブ)なものだよということです。その場、その瞬間で「聞く」人がどんな目つきで聞くのか、どんな間で問うのか、うなずくのか、共感や感嘆の吐息を漏らすのか、はたまた居眠りしながら聞くかで、どんな話が聞けるかは変わってくるよ、と。

一対一はなおさらですが、一対200人の授業でも同じだと感じます。

毎年授業が近づくと、わたしはいままで「なにを大切にしてきたんだろう」「なにを伝えたいんだろう」とふと振り返ります。今年も1週目の授業の朝、1時間ほどかけて授業用のメモを作りながら考えました。「先生」として合格点がもらえているかはアヤシイですが、個人的にはそういった意味でも貴重な機会になっています。

授業後、生徒が集まってきて「もっと話聞かせてくださいよぉ」という状況は皆無でしたが、ひとりだけ小さな声で「おもしろかったです」と声をかけてくれました。

今年も授業の機会をいただきました人文学部教授の鈴木正美さん、受講してくれた生徒に感謝します。ありがとうございました。

演劇の宣伝

新潟大学演劇研究部の公演「銀河鉄道の夜」が7/14-15にあるようです。
Web : http://www.gekiken.com
なんか気になる。

ウエストのカレー

授業前に寄った新大近くのキャフェ ウエストのポークカレー(コーヒー付)650円。レトロな雰囲気の店内で、クラシックがかかってます。

昨年、参加したリベラルアーツクラブという社会人ゼミの講師だった繁子先生を誘って、授業のアドバイスをもらう...、わけではなくただのお喋りを。毒っ気とオタク気質なところがあっていろいろ共感。美魔女先生に癒されました。

2018年6月20日水曜日

佐渡祭ワールドツアー報告会が開催されました

往路機内より

6月16日(土)15:00〜、佐渡市のあいポートで佐渡祭ワールドツアーの報告会がありました。市長、副市長はじめ佐渡市役所、佐渡観光協会、県地域振興局、鼓童文化財団、協賛企業の方々などが参加し、佐渡祭実行委員会から活動報告があったようです。

わたしは子ども2人を連れて行こうと思っていましたが、もろもろ条件が合わずに欠席しました。久しぶりに写真を見返しながら、他の方々の感想を聞いてみたかったですが、またいつかの日に。

せっかくの機会なので、振り返って一言ブログに残しておこうと思います。

佐渡祭ワールドツアーは、佐渡の郷土芸能・鬼太鼓の門付けをドイツ、イタリア、フランスの各都市で行い、草の根の交流と佐渡の宣伝をしてこようという企画です。佐渡市の米農家・相田忠明さんや鼓童の上之山博文さんら市民が主体となって企画した、自主企画ツアーです(!?)。

わたしも初めてこの企画を聞いた時は、あまりのスケールの大きさに「ン?」「マジ?」「どうゆうこと?」と思いましたが、すぐに「おれも行きたい」に変わっていました。アマチュアバンドがハイエースに楽器を積んで、自分たちでライブハウスをブッキングして、全国を回るような感じです。ただ、今回の場合はヨーロッパ3カ国でしたが...。海外かよ!

わたしは2012年に発行したLife-mag.vol.005【佐渡編】以降も佐渡の方々と交流を続けてきました。佐渡編以後も新刊が出るたびに佐渡の納品まわりも自分の足で行っており、その度に取材でお世話になった方々とちいさな再会を繰り返してきました。

そんな折、相田さんから「撮影係として同行してみない?」と声をかけていただきました。佐渡島内から9人、新潟市からLife-mag.小林1人の計10人がツアーメンバーでした。

郷土の伝統芸能に誇りと愛着を持っているからこその企画とメンバーでした。自分たちの足元を掘り下げること、そこに輝くもので、世界と繋がっていこうとする佐渡チームの姿を見て、こういうのを国際人と呼ぶんじゃないかと思いました。

一部助成もいただきましたが、ほとんどのメンバーがそれなりの金額を自己負担して行ってきました。わたしも「撮影係として日当が出る」という話ではなく、佐渡祭実行委員会のメンバーとしての参加でした。

ドイツ、イタリア、フランスを回って13日間、8公演を行ってきました。このブログで振り返るにはすこし内容が多すぎてまとめられません。出発前のブログでも書いたとおり、Life-mag.で鬼太鼓特集を組んで、ヨーロッパツアーの模様と現地の鬼太鼓を取材したいと思っていますが、その時機や予算などまだ課題は多く、実現まですこし時間をかけて歩いていこうと思っています。

公演の様子は佐渡祭公式facebookにアップしてあります。ほかにもたくさん撮ってありますが、Life-mag.としてまとめられる機会のときにまた。以下は移動や打ち合せ、準備の様子です。

大きな荷物を抱え地下鉄で移動

あたりは雪景色(ドイツ)

滞在先ホテルでの佐渡PRパンフの袋詰め

ラウンジでの打ち合わせ

太鼓の骨組みをみなで組み立て

衣装の着替えも協力しあって

公演前の準備

滞在先のアパート(イタリア)

集合写真

近くのスーパーで買った食材で朝食

翌朝のタクシーの手配ももちろん自分たちで

夕食後も翌日の動きについて確認

ミラノ大学でのワークショップ前の打ち合わせ

荷物をもって次の会場へ

以上です。ほんとうに手作りの海外ツアーでした。得難い経験でした。

今回のツアーを実現させた要因はいくつもありますが、そのひとつは実行委員長・相田さんのリーダーシップではないでしょうか。

大局を見通し、企画・構想を練り上げる力。また、それぞれ個性や能力のことなった仲間たちを集め(説得し)、力を合わせて、その構想実現に邁進していくこと。

相田さんにはそんな魅力を感じています。

さきの知事選では佐渡生まれの超エリート中央官僚の花角さんが当選しました。わたしたち新潟県民は新しいリーダーを迎えたところです。

ただ、わたしのいつかの希望ですが、新潟(佐渡)に根を張り、この土地で力をつけてきたリーダーが舵を取る新潟を見てみたいな、とも思います。できれば40〜50代で、3期12年くらいをみて、仕事をしてもらえるリーダー。そんなリーダーが語る新潟の未来を見てみたいし、言葉を聞いてみたいです。

街角の本屋

以下はわたしの個人的な失敗談ですので、読み飛ばすか、ここでブラウザを閉じて大丈夫です。

出発前に「体調管理、機材管理をしっかり」と書いていましたが、実際はそううまくはこなせませんでした...。

出発4日ほど前からものもらいのような症状が出て、すぐにドラッグストアで薬を買って点眼。さらに直前、眼科に寄る時間が取れたので、眼科で診てもらってきちんと処方された薬を点眼しようと病院へ。これでドイツに着く頃にはほぼ快復しているだろうと思いましたが、なぜか治らず、むしろ悪化...。日常生活(=海外旅行)にも差し障りがあるほど目がか、な、り、痛かったです。普段はコンタクトですが、行程5日目くらいまで度の弱いメガネで過ごしました。なんだったんだろう。きつかったな...。

目の症状が治まってきたなと思った頃、日本から妻の祖母が亡くなったと連絡が入りました。とても穏やかなおばあちゃんでした。ヨーロッパから安らかな死をお祈りしました。

ツアー後半になってくると一眼レフのピント合わせや解像度がどうも調子が悪くなってきました。本体とレンズの組み合わせや設定を調整するなどして、とりあえずは撮影を続けて帰国。帰国後、修理に出すと本体とレンズの修理で8万円...。

また、帰国直後から風邪の症状が出て、「あぁ、疲れが出たんだな」と1日、2日寝込んでいましたが、どうもこれまでの風邪とは違うと思い、病院へ。人生初のインフルエンザでした...。

人生でもそう何度もないような得難い経験をさせてもらったヨーロッパツアーでしたが、同時にこうも困難が続くのかと思わされた日々にもなりました。

2018年6月18日月曜日

BOOKS f3に納品へ

BOOKS f3 店主・小倉快子さん

今日は朝、保育園の送り後、地元県議の事務所へ。制作依頼をうけている冊子の打ち合わせでした。県庁職員の思考・行動がよくわかって、え〜っと...、辛いです。一部の部署だけと思いたいですが、事態は複雑です。形になって手に取れる段階になりましたら、またこちらでも報告できたらと思います。

午後からは沼垂のBOOKS f3へ。バックナンバーの追加納品とこれまでの分の精算でした。2015年12月の開店時からLife-mag.の取扱でお世話になっているお店です。いつもありがとうございます。

f3は写真集を中心にした新刊と古書の書店、そしてギャラリーカフェです。7/2まで、阿部祐己 写真展『Trace of fog』の会期となっています。

開店から2年半、様々な写真展やギャラリートーク、イベント出店など精力的に活動を続ける店主・快子ちゃんには、おなじ新潟で本に関わる同世代としていつもいい刺激をもらっています。

また、お店の広報誌である「a letter from BOOKS f3」のあるコーナー用に取材もしてもらいました。お茶を飲みながらしばらく話しましたが、わたしの取り止めのない話できっとまとめるのに苦労すると思います。(ごめんね。補足とかあったらなんでも聞いて)

一通り話した後、「自分はこうだ! というブレない芯を持って(小林さんは)やっているかと思ってましたが、そうではないんですね。なんかよかった、というか親近感というか...」と快子ちゃん。わたしは揺れて、迷って、悩んで、止まっての繰り返しです。気づいたら、まぁ、3㍉くらいは進んでたかなという程度。

前号では北書店・佐藤さんが登場して「本屋という場所」「新潟について」など語っています。最後には「北書店を始めたことで起きたことや、これまで関わった人たち、そこから"新潟らしさ"が立ちのぼるようなものを書きたいなと思ってるんですよ。秋頃には出るかも」と語っています。

新潟の出版・編集社か東京か...?。本になって読めるのが楽しみです。

f3のカウンターでは、居合わせたお客さんともすこし喋らせてもらい、その場でLife-mag.を買ってくれた方もいました。ありがとうございます。

沼垂に行く際は、ぜひf3にも寄ってみてください。喫茶での利用も可能です。

BOOKS f3 : http://booksf3.com

開催中の企画展ポスター

店前看板

新潟の林業

新潟の森林の成り立ちがわかります

こちらは昨年末にf3で買った古本『新潟の林業』。黒川村で行われた第23回全国植樹祭に合わせて編集された記念誌で、昭和47年の発行です。

新潟や村上瀬波、柏崎などの砂防林の成り立ちとか、山林の管理法などわかって面白いです。仕事には直接関係ないけど、いつかどこかでつながるかな。

2018年6月13日水曜日

新潟大学で非常勤講師

新大五十嵐キャンパス

一昨年から続いている新潟大学での非常勤講師の今年度の授業1回目が終わりました。

「キャリア形成」という課目で生徒は約200名。人文学部が中心ですが、医学部、農学部、工学部などの生徒も参加しているようでした。

今回は学生時代から就職、起業から創刊にかけて話してきました。何度やっても慣れませんね。終了後は脇汗びっしょりでした。

この頃の話はほんとに無計画、無鉄砲、初期衝動にまかせて道(仕事)を拓いていて、自分でも呆れるようなエピソードの数々です。もしいままったく同じことをやれるかといったら、やれないでしょう。

しかし、「もしまた何かをゼロから立ち上げることができるか」、「ゼロをイチに起こしていく源泉は枯れてないか」といったらやれるだろう、という密かな自信と経験にはなっています...、と今日話しながら思いました。

来週またもう一コマ。発行を重ねながら経験してきたこと、変化などを話してこようと思います。

2018年6月10日日曜日

長岡発のLOCAL SQUADから新曲発売

COG|Ticktack

LOCAL SQUAD fuki yoshiraku

長岡市のグラフィックデザイナー・蕗くんが手がける音楽レーベルLOCAL SQUADから新曲が発売され、早速、購入してきました。自分たちが暮らす土地の仲間でリリックとビートを作り、ジャケットやPVを撮影、デザインし、流通させる動きが全国各地で聞かれますが、長岡からも。

HIPHOPということもあって、歌われるのはどこかから借りてきた言葉ではなくラッパーの人生そのもの。ぜひチェックしてみてください。

蕗くんは、先日のSUZUVELのレシピブックのデザイナーでもあります。わたしはLife-mag.vol.002の納品回りで長岡の文信堂にいった帰りにたまたま事務所によって知り合いました。〈お店〉ではないですが、事務所の雰囲気になにかぴんと来るものがあって、入りました...。取材も営業も、ずっとそんなことやってきたんですね。

[Official Video]https://www.youtube.com/watch?v=2sXMpMWunNQ

2018年6月8日金曜日

「Suzu snow recipe 発売記念イベント」に出演

Photo:ヒロスイ写真館 酒井大

2018年6月1日19:00〜、新潟駅CoCoLo西館1階にオープンした「SUZUVEL」で開催された「Suzu snow recipe 発売記念イベント」に出てきました。

SUZUVELのコンセプトであるローカルフード、地場産食材をふんだんに使った料理を食べながら、オーナーの鈴木将さん、Life-mag.小林がそれぞれ紙媒体の制作にかける思い、農産物の作り手を訪ねて感じたこと、郷土料理の魅力などについて話し合いました。

「昔からの郷土食だからいいよね、じゃなくて、いまの形にリノベーションしながら受け継いでいくことが大切」

「地元の農産物を使うことがかっこいいって思ってもらうには、やっぱり事業としてきちんと成立していないと。そういう思いでお店をやっています」。

将さんの語りは、大局を見据えていて気持ちのいい言葉でした。

わたしもLife-mag.創刊の経緯やvol.010【西蒲原の農家 編】の制作エピソードなどをお伝えしました。

イベント後に話したら、「ヤンキーが多い高校に行ってて、その中ではわりと授業をしっかり受けてたと思う。でも、成績はまったく悪くて。ビリから数えた方が早くて、ヤンキーも驚いていた(笑)」と。

時代や消費者の流れをつかんで、事業を展開している将さんの姿を見ると、学校の成績と社会に出て仕事を作り出していく能力はまた別ものなんだなと思いました。

また、イベントではお客さんの声も聞きたいとJRの方や胎内市の地域おこし協力隊の方などにマイクを渡し、会場との交流も図っていました。

胎内市地域おこし協力隊の神田さん。将さんに相談しながら進めているマコモダケについて紹介
Photo:ヒロスイ写真館 酒井大

JRの三九二さんもイベントの感想を
Photo:ヒロスイ写真館 酒井大

あとは新発田市内の大学生二人も参加してくれていて、新発田の農家さん何人かに聞き取りをやったんだけど、どうまとめたらいいか、ヒントを探ってきたとのことでした。参考になってたらいいんだけど...。

レシピブックの撮影を担当したヒロスイ写真館の酒井大さん、デザインを担当したKRAK OFFICEの吉樂蕗くんも来ていて、挨拶がありました。

中・酒井さん、右・蕗くん

スズベルの注文カウンター。地場産食材がたくさん、色合いも鮮やか

あらたな出会いと刺激もいただきました。

いただいたご縁に感謝します。ありがとうございました。

2018年6月6日水曜日

南魚沼市清水集落で見た夢

現実のような夢をみた。

いつもの夢とは質感が違い、まるで目の前に〈その人〉がいる、そんな感覚の夢だった。

不思議な夢だった。

南魚沼市から群馬県みなかみ町に抜ける古道・清水峠の取材で、南魚沼市清水集落の民宿「泉屋」に泊まった。その日は、朝6時に自宅を出発。2時間かけて南魚沼市入り。その後往復6時間ほど、山を歩いた。下山後、市役所を訪ね取材を1件。夜は、民宿のお父さんからも話を伺いながら食事をし、一緒にお酒を飲んで寝た。

下山後、よく水分をとらなかったからか、それとも宿のお父さんと飲み過ぎたからか、夜中、何度も目が覚め、その度に水を飲んだ。その何度目かのタイミングだったんだろう。夢をみた。

階段と廊下が二重写しになって見える空間に、ひとりの女性が立って、こちらを見ている。これからどこかに行くようで、こちらに手を振っている。彼女は笑顔のように見えた。

わたしはしばらく同じシーンを見続けていた。

喉が渇き、また目が覚めては水を飲んだ。

彼女は知っている人だった。

本棚を介して出会った人だ。

Life-mag.vol.006【燕三条編】の納品回りで、三条市のシェアスペース&ライブラリー燕三条トライクに行った時だった。館内には会員の人が持ち寄った個人の本棚があり、棚を介してその人を知れるような仕掛けになっていた。

なかでも興味を持った棚があり、オーナーの小山さんに「この棚、この本の持ち主はだれですか」と聞いた。それが彼女だった。

すると小山さんが「あぁ、そういえば彼女も小林さんの雑誌に関心を示してましたよ。こんどつなぎますよ」と話した。

しかし、すぐに出会うことはなかった。

それから数ヶ月か、一年以上か、しばらく経った後、新潟市内のイベント会場で彼女に会った。ごく短い、挨拶をした。

それから会ったのは、またなにか別のイベント会場だっただろうか。すれ違う時に、ごく短い挨拶をするようになった。

それも1、2度あったか...、わたしの接点はそれくらいのものだった。

しかし、本棚を介して互いの関心に近いものを見ていたし、同世代ということもあって、わたしは勝手に親近感を抱いていた。

その人が興味のある本や本棚を知るというのは、どんな服を着ているのか、どんな会社に勤めているのか、どんなイケてるやつらと付き合っているのか、それよりももっと素のその人を知ることができると思う。本や雑誌はもっと個人のもので、もっと社会性から外れたところで、わたしたちの自由や孤独に寄り添ってくれるものだから。

以後も、彼女とゆっくり話す機会はなかった。

そして、今後もその機会はない。

2017年4月、彼女は突然の病気で亡くなったのだ。

共通の知り合いが多かったので、その頃、SNSには彼女を悼む声がかなり多く投稿された。告別式も開かれ、多くの知人らが参加したようだった。

わたしは行かなかった。

気持ちの問題だとも思うが、2、3度立ち話をしただけの関係だったので、告別式には行っていない。

しかし、後日ある共通の知人に「小林さんもきてましたよね。見かけましたよ」と言われたのだ。みな悲しみに暮れているときであり、「わたしは行ってない、見間違いですよ」とはなんとなく訂正しなかった。

本棚を介して出会ったことと、知人のその不思議な一言もあり、やはり、なにか独特の印象をわたしに残していた。

彼女とは「と イカラシ」の名義で活動していた三条市の服飾作家・イカラシ チエ子さんである。県内外での展覧会、イベント等で活躍していて、多くの友人やファンに囲まれ、充実した活動を続けているようにみえていた。

だからこそ、イカラシさんの死後、ほんとうに多くの方が心に深い悲しみを抱いたんだとう思う。SNSには長文の投稿や感傷に浸る投稿が相次いでいた。

亡くなってから、1年以上が経ったいま、関係が深いとはとうてい言えないわたしの夢にイカラシさんは出てきた。

その日、わたしが目指したのは標高1450㍍の清水峠。この古道ではだれ一人にも会わなかった。道を進むにつれ、心細くなっていくなか、可憐に咲く路傍の花々や眼前に迫る山の頂き、自然が作り出した造形美がわたしを癒してくれた。峠付近には平場から一ヶ月ほど遅れて、カタクリの花が咲いていた。峠を駆け抜ける風が笹の葉をさらさらと揺らし、四方からウグイスとカッコウの鳴き声が聞こえた。

いま思えば、穏やかな、天国のようにも思う。

イカラシさんもこれから企画していた展覧会や作りたい作品も多くあったことだろう。わたしに手を振りどこに行ったのだろうか。

その先が、どうか穏やかな場所であることを願っている。

ずいぶんと遅れた、わたしからの弔辞である。

カタクリ

山道から見えた大源太山