2018年7月20日金曜日

『岩室温泉お宿手帖』より「皆元/寿司亀」さんを紹介

皆元の主人

岩室温泉お宿手帖」から「皆元/寿司亀」さんの記事を転載して紹介します。原稿は以下です。

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 〈お客さん皆んなの元(=帰ってくる場所、故郷)になれるように〉

 「旅館 皆元」の皆川久美子さんは、名付けの由来をこう話す。

 旅館には寿司屋である「寿司亀」が併設されており、実は旅館より先に寿司屋の営業から始まった。

 東京・町田にあった「寿司亀」の分店として昭和五二年、岩室温泉に開店。夫の泰造さんは東京の寿司亀で寿司職人として修行後、岩室の分店を任された。「はじめは半年くらいのつもりで岩室に来たんだけどね」と笑う。

 ここで久美子さんと出会い、後に結婚。以来、四十年以上に渡って、夫婦二人三脚で寿司屋と旅館を営んできた。

 「ここはもともと『皆川屋』という置屋をやっていた私の実家です。町田の寿司亀は兄の店でした」と久美子さん。昭和六二年に増改築し、旅館の営業も始めた。

 寿司屋、旅館ともに、寺泊港から仕入れる鮮魚をはじめ地物をふんだんに使う。「岩室は海、山の幸が豊かだと思う。白身魚だとタイ、フグ、メバル、クロソイなど良いものが手に入る」と泰造さん。

 また「お客さんは長く通ってくれる常連さんが多くてね。同じものは出せないと思い、常に勉強しながら新しい料理に挑戦して来た」と泰造さんは話す。

 岩室の魅力を聞くと「田植えの頃、弥彦山の上から越後平野を見ると湖の中にぽつんぽつんと集落が浮かんでいるように見える。それが秋になると黄金の絨毯に変わっていく。自然が豊かだよね」と。

 旅館またはカウンター越しに味わえるのは、海・山の恵み、そして自然の豊かさかもしれない。

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原稿は以上です。この取材はわたしの方で取材と撮影を担当しました。制作途中のブログで紹介しましたが、旅館や寿司屋内に飾られた花々がきれいで癒されます。

土・日・祝のお昼は1,000円ちょっとでランチも楽しむことができます。寿司とビール、すこし酔いをさましたら温泉というコースもやってみたいですね。

温泉手帖のなかから3本の記事の抜粋を紹介してきましたが、ウェブでの公開は以上です。すでに新潟市西蒲区ないの旅館・ホテル、飲食店、行政施設等で配布が進んでいますが、確実に手に入れるには「いわむろや」のカウンターで申し出るのがいいかなと思います。

いわむろやカウンターにて
左=小倉館長、右:ミュージシャンでスタッフの翼くん

わたしもある程度もらいましたが、すでに手元になく、追加でもらいたいところです。またいつか岩室温泉や西蒲原地域の魅力発信に関われる機会を楽しみにしています。

岩室温泉にお越しの際はぜひ気軽にお声がけください。

2018年7月14日土曜日

北方文化博物館へ追加納品へ

北方文化博物館

先日、新潟市江南区の北方文化博物館にLife-mag.の追加納品と途中精算で伺いました。今年4月からvol.005〜vol.010の取扱でお世話になっています。ありがとうございます。

取材で湯沢町に向かう前に駆け足で伺いましたが、ほんとはゆっくりとこの建物・庭園に流れる時間を味わいたいところでした。数枚だけ撮った写真が以下です。

1

2

3

4

写真4の館内ショップにて取り扱いいただいています。県内外ときに海外からも訪ねるというお客様に、Life-mag.を通じ新潟の地域文化・人物の魅力が伝わることを願っています。

また、ショップスタッフの竹井友輝さんは漆でマンガを描いているとのこと。この日、はじめて挨拶させていただきました。

以前に同博物館内で展示会をやった縁もあり、いまはスタッフとして働いているそうです。博物館のブログで様子が紹介されています。

その1:https://hoppo.exblog.jp/24663433/
その2:https://hoppo.exblog.jp/23777842/

また、8/17〜8/28は中央区姥ヶ山のアークギャラリーで行われる「宇宙展」に出展するとのことです。近くに行く機会があったらのぞいてみようと思います。

市外や県外の友人知人が来たときなど、北方文化博物館に案内するのもおすすめです。ぜひどうぞ〜。

2018年7月13日金曜日

ブックスはせがわ in LISへ

店主・長谷川さん

昨日、今日と湯沢町に取材で出かけてきました。その帰り道、長岡市のブックスはせがわさんに挨拶へ。ブックスはせがわささんは現在、S.H.S長岡店に併設されているLISというショップのなかで書籍の販売を行なっています。Life-mag.の取り扱いでもお世話になっています。いつもありがとうございます。

フライヤー表

フライヤー裏

LISで7/15、長谷川さん主催で「野中克哉 根っこは何処へゆく 映画上映会&尺八演奏会」があるそうです。切腹ピストルズのメンバーで尺八奏者でスケーターの野中さんを迎えてのイベント。ぜひチェックを!

2018年7月11日水曜日

雑感:NHKテキスト「神谷美恵子 生きがいについて」

NHKテキスト 生きがいについて

「どういうひとが一ばん生きがいを感じる人種であろうか。自己の生存目標をはっきりと自覚し、自分の生きている必要を確信し、その目標にむかって全力をそそいで歩いているひと −− いいかえれば使命感に生きるひとではないであろうか。
このような使命感の持主は、世のなかのあちこちに、むしろ人目につかないところに多くひそんでいる。肩書や地位のゆえに大きく浮かびあがるひとよりも、そういう無名のひとびとの存在こそ世のなかのもろもろの事業や活動に生きた内容を与え、ひとを支える力となっていると思われる」

ハンセン病療養所で精神医学的調査を行い、患者に寄り添ってきた精神科医・神谷美恵子の『生きがいについて』の一節。先月バックパックに入れて持ち歩いて、隙間時間にめくってたNHKテキストより。解説は若松英輔さん。

目立つ仕事じゃない、大きな資本も流行も関係ない。それでも −− 。取材で各地を歩いているとそういった人に出会うことがある。耳を澄まし、縁をたどって歩き、そういう人にたどり着けることが、巡り巡ってわたしの喜びかな。

2018年7月8日日曜日

『岩室温泉お宿手帖』より「ほてる大橋」さんを紹介

ほてる大橋・石添社長

岩室温泉お宿手帖」から「ほてる大橋」さんの記事を転載して紹介します。原稿は以下です。

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 「ほてる大橋」の歴史は明治初期にさかのぼる。当時、行商や豆腐売りから資金を貯め、矢川のほとりに小さく料理屋を構えた夫婦がいた。

 お店は本家の橋本屋から橋の字をもらい、また大きく繁栄するようにと「大橋屋」と名付けられた。その後、旅籠屋から旅館へと形態を変えながら多くのお客様を迎えて来た。

 昭和三十〜四十年頃には社名を現在の「ほてる大橋」に変更。ここ岩室温泉街ではいち早く木造から鉄筋造りの建物を建てたという。

 石添社長は関東の大学卒業後、岩室へ戻り旅館の仕事をする他、二五歳の時には一年間日本と海外にバックパッカーとして旅へ出た。

 国内外の観光業や食に多く触れ、改めて地元岩室温泉の魅力や観光について考えるきっかけになったという。帰国後は地域イベントにも力を注ぎ、三年前に社長を継いだ。また現在は、全国・海外各地のより良いものを岩室でも提供できるようにと試行中。

 「みんなが集まって美味しいご飯を食べるっていうのは、一番の幸せなんじゃないかなって思います。旅館という場が大切な人との絆を深め、縁が繋がる場所となるようお客様に関わっていきたい」と話す。

 宿泊はもちろん、鉱石ミネラル風呂「嵐の湯」やランチバイキングなど日帰りでの利用も好評。また館内からは、四季折々の姿が美しい千坪の庭、岩室富士をはじめとする山々を一望できる。ほてる大橋でしか味わえない贅沢な風景や美味しい食が、家族や友人など大切な人との時間をもてなしてくれる。

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原稿は以上です。

こちらの取材・原稿は村山亜紗美さんにお願いしました。他、濱松屋さんの写真、松屋さんの文と写真、めんめん亭わたやさんの写真も村山さんの担当でした。まだまだライターとして一歩を踏み出したばかりですが、焦らず、少しずつ場数を踏んで、腕を磨いていってもらえたらなと思います。

写真は、Life-mag.小林です。じつは石添社長は中学時代の同級生ということもあり、旧友を撮影することになりました。

本文で社長が「大切な人との絆を深め、縁が繋がる場所となるよう」と語っていますが、今秋、ほてる大橋で同窓会を予定しています。わたしも幹事のひとりとして、この週末は調整役としてあちこち歩き回り、声かけを行いました。

ほてる大橋は、岩盤浴やランチでの利用、価格を抑えたプランなど岩室温泉の間口を広げるようなプランも用意しています。機会がありましたらぜひ利用してみてください。

2018年7月6日金曜日

渡辺一史『こんな夜更けにバナナかよ』読了

渡辺一史『こんな夜更けにバナナかよ』

「病院で暮らすか、地域で住むかの選択権は、その当人にあるべきです。人工呼吸器をつけて、街で当たり前に生活できる世の中をつくるために、私は頑張りたい」

筋ジストロフィーを患いながらも、多くのボランティアを集め、自宅で暮らし、生き抜いた北海道の鹿野靖明氏の半生を追ったノンフィクションです。生きることをあきらめないこと、衝突を繰り返しながらも人と関わることをあきらめないこと、それは障害のあるなしに関係なく、大切な姿勢だなと感じました。

また、著者の渡辺さんは「無信条、無計画、無秩序に、雑多な文章を書いては糊口をしのいでいた」フリーライターだったようです。2年半に及んだ取材の過程では、「最後の一年は、他の仕事がまったく手に着かず完全に食えない状態になてしまった」「一冊の本ができあがるまでには、多くの人の助けと時間と労力と根気とお金と、そして、孤独な日々に向き合う図太さとが必要だった」とあとがきに書いています。

本の内容もそうですが、同じく地方で本(雑誌)づくりに携わる者としては、その制作背景(生活)の厳しさにも思いを寄せてしまいました。

2003年発行の本ですが、いまも読み応え十分です。おすすめ。

2018年7月5日木曜日

『岩室温泉お宿手帖』より「ゆもとや」さんを紹介

ゆもとや女将・高島涼さん

岩室温泉お宿手帖」から「ゆもとや」さんの記事を転載して紹介します。原稿は以下です。

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 岩室温泉内にて温泉に入り、療養するための湯治場「ゆごや」として明治十三年に創業。現在の「ゆもとや」の名前は岩室温泉の「湯元」から名付けられた。

 客室は六三部屋、収容人数三五〇名と岩室温泉で最も大きな旅館だ。家族やカップルでの利用はもちろん、ビジネス・一人旅、宴会場やコンベンションホールなどを活かした団体利用、婚礼・法要、さらにレストラン・エステ・日帰り利用など、多様なシチュエーションにも対応したサービスを行っている。

 「癒しや非日常を求めていらっしゃるお客様一人ひとりのご要望に寄り添った対応ができるのが私たちの特徴です」と、女将の髙島涼さん。

 二〇〇五年に結婚を機に旅館へ入ると、世の中の動きに合わせた柔軟な発想で、高速バスの誘致や、外国人旅行客を取り込むインバウンド事業などに取り組んできた。

 旅館での会席料理は村上牛、のどぐろ、南蛮エビなど、知名度のある新潟のブランド食材を欠かさず楽しめることを心がけている。

 また、古民家イタリアン「灯りの食邸KOKAJIYA」と連携し、温泉とイタリアンを楽しめる泊食分離プランを企画。「お食事は旅館の中でという固定概念に捉われることなく、新しい楽しみ方を提案したい」という女将の想いから生まれた提案は、女性客だけでなく、年配の男性からも好評だという。

 「仕事場という舞台を私たちが楽しむことで、お客様に快適に過ごしてもらえる」と、約七十名のスタッフに目配せ、気配りをするのも女将の仕事。チームワークで、質の高いおもてなしを実現している。
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原稿は以上です。

唐澤くんの自宅編集室にて
愛機はPENTAX

ゆもとやさんの原稿・写真は岩室温泉から車で5分の西蒲区福井在住のライター・唐澤頼充くんです。「にいがたレポ」というサイトを運営しながら、各種媒体の取材・執筆を行なっています。

愛らしくも品のある一枚を撮っていただきました。ありがとうございました。

またいつか岩室温泉、西蒲区についての取材など一緒にできる機会を楽しみにしています。

2018年7月3日火曜日

新潟市美術館ミュージアムショップルルルへ追加納品

ルルルカウンターにて

先日、新潟市美術館ミュージアムショップルルルにLife-mag.の追加納品で伺いました。vol.009【寺泊・弥彦・岩室・巻 編】とvol.010【西蒲原の農家 編】を追加させていただきました。いつもありがとうございます。

すこし前に中国の方がLife-mag.を3部買っていったそうです。ごくごく微力であることは承知していますが、雑誌を通じて、新潟の、日本の地域文化を海外に発信する媒体になれていることはとても嬉しいです。

この納品の日は、「午前中におじいちゃんが買っていきましたよー」とのこと。ありがたいです。

現在、市美術館では五泉市出身の阿部展也展が開催中です。

フライヤー

近くに行く機会がありましたらぜひ。

ルルル:http://kokagedelululu.com
市 美:http://www.ncam.jp

2018年7月2日月曜日

英進堂さんへ集金へ

諸橋店長

先週後半、新潟市秋葉区の英進堂さんに集金業務で伺いました。創刊号の頃からお世話になっている書店です。

「〈本好きの人〉だけでなく、〈本を必要としている人〉に届けるにはどうするべきか。ずっとそんなことを考えている」と諸橋店長。

そんな思いもあって、6/10に「おせっかい書店」という書店員がおすすめの本をお客さんに紹介するイベントを開催したそうです。店員の方からお客さんに軽く声をかけて、本を紹介していったそうです。(あくまで押し売りにならないよう気をつけて)

他の書店でもそうですが、わたしはLife-mag.の納品を通じて面識があるので、「いまこの本面白いよ、知ってる?」などおすすめの本を店員さんから直接教えてもらうことがあります。しかし、一般のお客さんだったらどうでしょうか。英進堂さんだけでなく、ジュンク堂や紀伊国屋、知遊堂、TSUTAYAなどに行っても、店員さんと気軽に話すことができる...、という雰囲気はなかなかないように感じます。

本くらいひとりで静かに選ばせろよ、とも思いますが、一方で数多ある本を日々さばき続けている書店員さんが持っている本の情報を必要としている人も、じつは多いのではないか、とも思います。一万円選書で有名ないわた書店とまでいかなくとも、もうすこし気軽に書店員さんと話せる機会があれば、本屋の敷居もさがるのかな。

スマートフォンに表示されるネットニュースやSNS上の華美でトレンディで悲惨で憂鬱な情報洪水の前で立ちすくんでいる人に、ぜひ立ち止まって、本や雑誌の世界も楽しんでほしいなと思います。

英進堂さん、よく手入れされた本棚でみているだけでも新しい発見があります。新津方面に行く機会がありましたらぜひ寄ってみてください。

パリのすてきなおじさん

集金後、店内を物色して3冊購入。1冊は、今年の正月あたりにナンダロウさんがツイッターでおすすめしていた『パリのすてきなおじさん』。気になっていたので購入。

書店員ではありませんが、友人・知人が勧めてくれた本はピンとくるものが多く、なるべく手にするようにしています。狭小な自分の視野をすこしでも広げてくれる機会なので。

いまは友人の勧めもあって2003年発行の『こんな夜更けにバナナかよ』を読んでます。次はパリのおじさん読んでみます。

2018年6月28日木曜日

【完成】『「夏井のはざ木」手帖』を編集しました

「夏井のはざ木」手帖

新潟市西蒲区の夏井地区に残るはざ木のことをまとめた『「夏井のはざ木」手帖』が完成しました。先日お知らせした『岩室温泉お宿手帖』と並行して取材・編集を続けていたものです。

2回折って、A6判になるもので、6ページの構成になっています。こちらも岩室温泉地域づくり協議会には納品済みですので、お宿手帖と合わせて今週から西蒲区内、周辺地域で配布が始まります。

「はざ木とは」、「夏井地区の歴史」、「はざ木の保全活動、観光、教育への活用」、「わらアートまつり」、「談志の田んぼ」、「斉藤文夫写真集:はざ木のある風景」、「はざ架け米」などの紹介をコンパクトにまとめた観光パンフレットです。

表紙の写真はカーブドッチ内に写真スタジオ構える田中幸一さん(AHM-Wink)からお借りしました。ありがとうございました。(*パンフレットではHとMの順序が逆になっていました。お詫びして訂正させていただきます。すみませんでした)

県内外の観光パンフレットの撮影を多く手がけてきた方で、写真を借りにいった際、撮影エピソードを聞かせてもらいました。どれほど時間をかけて「作品」と呼べる一枚を撮っているのか...、そこにかける情熱、探究心がすごかったです。

田中さんのスタジオ兼ギャラリー「AHM-Wink」
スタジオ名はPink FloydのATOM HEART MOTHERから

スタジオにはギャラリーも併設されていて自由に見学できます。いまは田中さんが顧問を務める写真クラブの作品が展示中です。カーブドッチ、ヴィネスパ、Life-mag.vol.010【西蒲原の農家 編】掲載のごとらって・後藤敏子さんのお店など訪ねる機会があれば、ぜひ寄ってみてください。

誌面の全体はこのような感じです。文章は読めないサイズなっています。ぜひ西蒲区内や周辺地域でパンフレットを手にとってみていただけたら嬉しいです。

夏井のはざ木手帖

昨日、夏井地区の区長さんのお宅を訪ねて完成の報告とお礼をしてきました。

「自治会でもちょうどはざ木のある風景にからめて秋頃イベントをできないかと検討していたところでね。こういうのがあるとありがたいてぇ。夏井全戸に配るて」とのことでした。

Life-mag.の取材・編集でもそうですが、取材対象地域の方々が地元の魅力を再発見する機会になれること、それがまたわたしのやり甲斐にもつながっています。どんなに素晴らしい活動でも、その土地に暮らす人たちを置いてけぼりにしないよう心がけたいものです。

夏井地区には、西蒲原のかつての田園風景を象徴するようなはざ木が保存されています。四季折々の表情を見せる夏井、岩室温泉、そして西蒲区にどうぞお越しください。

2018年6月27日水曜日

編集室の窓から

学校町の編集室から、新潟市西蒲区に移ってからは人の往来より野鳥の飛来を見ながらの編集作業が続いています。

カワラヒワ

昨日(6/26)の午後はカワラヒワがぴょんぴょんと飛び跳ねているのが編集室の窓から見えました。カラスとスズメとハトしかわからなったのに、プラスαでひとつふたつでも見分けられると嬉しいですね。

ま、野鳥の先生に確認してから書いたんですが...。

龍司くん

燦燦カフェランチ

看板

今月、初旬。新潟市西蒲区のアクアデザインアマノに勤める小川龍司くんから、野鳥からみる新潟の自然環境について個人授業を受ける機会に恵まれました。中学〜高校時代、佐潟で野鳥観察をしてから登校していたという野鳥マニアです。

海、山、川、平野、街などがある新潟県は多くの野鳥が見られる野鳥観察には恵まれた自然環境だそうです。日本では約600種、新潟では約410種が観察できるそう。

西蒲区周辺地域のどこにどんな鳥が住んでいるのか、渡ってきているのか、細かく知っていて驚きました。また、河川や道路整備が野鳥の生態系にどのような影響を与えるのかまで。

いやぁ、すごい情熱に圧倒されました。いつか龍司くんの視点を借りて、なにかの特集を形にしてみたいです。

角田山灯台コースより イソヒヨドリのきれいな鳴き声とともに

待ち合わせ場所にした燦燦カフェは、角田岬灯台のすぐ近くにあるお店です。新潟市中央区の北書店・佐藤さんの昔のバンド仲間が経営するカフェ。北書店の販売棚もあって、Life-mag.も【寺泊・弥彦・岩室・巻 編】を中心にすこし置いてもらっています。

「新潟市の自然に育まれる海岸林の野鳥たち」

こちらは「にいがた野鳥の会」が編集協力し、新潟市環境部環境政策課が発行した『新潟市の自然に育まれる海岸林の野鳥たち』というポケット図鑑です。龍司くんからもらってから、ずっとリュックに入れて持ち歩いています。

同課は、「にいがた市民探鳥会」というのも開催しているそうで、いつか参加(取材)してみたいです。

わたしたちの暮らす身近な生活圏に多様な動植物もまた生きて、暮らしていることを知ると、日常を見る視点が変わってくるなと感じています。人間のリズムだけでなく、彼らのリズムを感じるのは楽しいです。

新潟は、亀田郷や西蒲原をはじめ、潟や沼地のひろがる低湿地を、途方も無い労力をかけ干拓してきた歴史を持ちます。今後行われる潟や里山、道路や河川など人為的な開発も自然や動植物との調和のなかで進んでいくといいなぁ、と最近感じます。

いつか、なにかの機会の問題意識に。

スズメ、ムクドリ、ハト

べつの日の窓から。同じ場所でスズメ、ムクドリ、ハトが餌をつついていました。

2018年6月25日月曜日

【完成】『岩室温泉お宿手帖』を編集しました

岩室温泉お宿手帖

岩室温泉地域づくり協議会から依頼をいただいて制作を進めてきた『岩室温泉お宿手帖』が完成しました。岩室温泉の8軒の旅館・ホテルの女将(または宿主)らに登場いただき、旅館の特徴や歴史、本人の人柄などを取材しました。

また、岩室温泉の由来、旅館全体で取り組んでいる朝食のレベルアップ研修、岩室温泉地域のイベント・お祭りなどの歳時記のページも作りました。A5判横・28ページのフリーペーパーです。

週末のうちに、協議会の事務局である新潟市岩室観光施設いわむろやの小倉館長に納品してきました。新潟市西蒲区を中心に旅館・ホテル、飲食店、観光施設、行政施設等に配置を進めていくそうです。

各店5〜10部くらいの配置なので、すぐに無くなってしまうことが予想されます。確実に手に取りたい場合は、いわむろやのカウンターで申し出るのがいいかと思います。

誌面は以下のような感じです。

ゆもとやさん

濱松屋さん

高島屋さん

岩室温泉の由来

全体の編集(と一部の取材・撮影)はLife-mag.で行いましたが、各取材は4人のライター・カメラマンに手伝ってもらいました。「にいがたレポ」チームから編集長の唐澤頼充くん、竹谷純平くん、長谷川円香さん。そして、Life-mag.編集見習いの村山亜紗美さんです。

ありがとうございました。

最後に制作にあたって感じたことを一言付け加えておきます。

「この冊子を西蒲区内で配って、消費者に届くの? もっと直接訴えかける方法はないの?」という問いに答えるためです。

この冊子はできれば岩室温泉のある新潟市西蒲区の住民・企業にお勤めの方々に読んでもらえたらなと思って作りました。

地元の温泉旅館ではありますが、〈どんな人が〉〈どんな思いで〉〈どんな歴史があって〉やっているかを知る機会は少ないと思います。わたしもこのお宿手帖の編集をするまでほとんどのことを知りませんでした。

地元の人が地元のことを語るとき、そこに独特の説得力を感じることはないでしょうか。取材で各地を歩きながら感じることですが、「あそこの居酒屋の○○がうまいぞ」「あの店の○○店長のキャラクターが」「いまの時季にあの場所から見える景色がほんと好き」「季節限定なんだけどあそこの和菓子屋の○○ってのが絶品」...、など地元の人から聞く情報を頼りに取材を進めることは多いです。

このお宿手帖は薄い冊子ではありますが、各旅館・ホテルを経営する方々の思いや歴史といった〈小さな物語〉を掲載しました。手にとって読んだ方が、その物語のどこかに共感して、なにかの機会に、地元の旅館・ホテルのことを語って伝えてもらえるよう願って作りました。

この冊子は優秀なコンサルやマーケティング会社が作ったものではなく、地域づくり協議会と地元の編集チームで作ったものです。〈お得な情報〉はひとつも載っていません。

まずは同じ地域に暮らす人が、同じ地域にある温泉旅館のことを知ること。遠回りかもしれませんが、地域の力を高め、微力でも人を呼び込むことにつながると思います。

何本かの記事は追ってウェブでも紹介できたらと思います。

岩室温泉にぜひお越しください。Life-mag.編集部も近いので気が向けば声をかけてください。

取材に協力いただいた旅館・ホテルの方々にあらためて感謝します。ありがとうございました。

2018年6月22日金曜日

新潟大学で非常勤講師、今年度分おわり

新大五十嵐キャンパス

一昨年から続いている新潟大学での非常勤講師、今年度の2回目が終わりました。毎年2コマだけですが、担当させてもらってます。今年は6/13(水)と6/20(水)でした。「キャリア形成」という授業で人文学部3年生を中心に医学部、農学部、工学部など他学部もふくめ約200人が受講している授業です。

面識のある方なら少なからず思うことだと思いますが、「え〜、小林くんうまくしゃべれんの?」と...。

えぇ、できませんよ。そんなの。

理路整然と「おれはこんな生き方・働き方をしてきた!」と、ユーモアを交え、生徒をひきつけ語ることなど...。

いつも通り、揺れ惑いながらも、縁を結んで歩いて、どうにか次の一歩を踏んできた、取材出版記を朴訥と話してきました。

「あの先生、自信なさそうだなぁ」と思われたことでしょうが、もうそんなことはどうでもいいです。揺れても、迷っても、止まっても、その時々の状況下で自分のできる範囲で、泥臭い一歩を、泥臭い次の一冊を積み重ねるしかないと思っているので。

授業のほとんどは、わたしのドタバタ編集記ですが、わずかな時間に授業とインタビューの共通点ということで、ふたつ話しました。

授業では、
学生=「聞く」、先生=「話す」
インタビューでは、
取材する人(記者・ライター)=「聞く」、取材される人=「話す」
となるかもしれません。

ただしそもそも「話す」→「聞く」の関係を成り立たせるには、「問う」ということが(前提として)必要になってきます。取材も授業もどんな「問い」を持って「聞く」かが重要だよ、と。

もうひとつは、「聞く」という行為は受け身なものじゃなくて、双方向性(インタラクティブ)なものだよということです。その場、その瞬間で「聞く」人がどんな目つきで聞くのか、どんな間で問うのか、うなずくのか、共感や感嘆の吐息を漏らすのか、はたまた居眠りしながら聞くかで、どんな話が聞けるかは変わってくるよ、と。

一対一はなおさらですが、一対200人の授業でも同じだと感じます。

毎年授業が近づくと、わたしはいままで「なにを大切にしてきたんだろう」「なにを伝えたいんだろう」とふと振り返ります。今年も1週目の授業の朝、1時間ほどかけて授業用のメモを作りながら考えました。「先生」として合格点がもらえているかはアヤシイですが、個人的にはそういった意味でも貴重な機会になっています。

授業後、生徒が集まってきて「もっと話聞かせてくださいよぉ」という状況は皆無でしたが、ひとりだけ小さな声で「おもしろかったです」と声をかけてくれました。

今年も授業の機会をいただきました人文学部教授の鈴木正美さん、受講してくれた生徒に感謝します。ありがとうございました。

演劇の宣伝

新潟大学演劇研究部の公演「銀河鉄道の夜」が7/14-15にあるようです。
Web : http://www.gekiken.com
なんか気になる。

ウエストのカレー

授業前に寄った新大近くのキャフェ ウエストのポークカレー(コーヒー付)650円。レトロな雰囲気の店内で、クラシックがかかってます。

昨年、参加したリベラルアーツクラブという社会人ゼミの講師だった繁子先生を誘って、授業のアドバイスをもらう...、わけではなくただのお喋りを。毒っ気とオタク気質なところがあっていろいろ共感。美魔女先生に癒されました。

2018年6月20日水曜日

佐渡祭ワールドツアー報告会が開催されました

往路機内より

6月16日(土)15:00〜、佐渡市のあいポートで佐渡祭ワールドツアーの報告会がありました。市長、副市長はじめ佐渡市役所、佐渡観光協会、県地域振興局、鼓童文化財団、協賛企業の方々などが参加し、佐渡祭実行委員会から活動報告があったようです。

わたしは子ども2人を連れて行こうと思っていましたが、もろもろ条件が合わずに欠席しました。久しぶりに写真を見返しながら、他の方々の感想を聞いてみたかったですが、またいつかの日に。

せっかくの機会なので、振り返って一言ブログに残しておこうと思います。

佐渡祭ワールドツアーは、佐渡の郷土芸能・鬼太鼓の門付けをドイツ、イタリア、フランスの各都市で行い、草の根の交流と佐渡の宣伝をしてこようという企画です。佐渡市の米農家・相田忠明さんや鼓童の上之山博文さんら市民が主体となって企画した、自主企画ツアーです(!?)。

わたしも初めてこの企画を聞いた時は、あまりのスケールの大きさに「ン?」「マジ?」「どうゆうこと?」と思いましたが、すぐに「おれも行きたい」に変わっていました。アマチュアバンドがハイエースに楽器を積んで、自分たちでライブハウスをブッキングして、全国を回るような感じです。ただ、今回の場合はヨーロッパ3カ国でしたが...。海外かよ!

わたしは2012年に発行したLife-mag.vol.005【佐渡編】以降も佐渡の方々と交流を続けてきました。佐渡編以後も新刊が出るたびに佐渡の納品まわりも自分の足で行っており、その度に取材でお世話になった方々とちいさな再会を繰り返してきました。

そんな折、相田さんから「撮影係として同行してみない?」と声をかけていただきました。佐渡島内から9人、新潟市からLife-mag.小林1人の計10人がツアーメンバーでした。

郷土の伝統芸能に誇りと愛着を持っているからこその企画とメンバーでした。自分たちの足元を掘り下げること、そこに輝くもので、世界と繋がっていこうとする佐渡チームの姿を見て、こういうのを国際人と呼ぶんじゃないかと思いました。

一部助成もいただきましたが、ほとんどのメンバーがそれなりの金額を自己負担して行ってきました。わたしも「撮影係として日当が出る」という話ではなく、佐渡祭実行委員会のメンバーとしての参加でした。

ドイツ、イタリア、フランスを回って13日間、8公演を行ってきました。このブログで振り返るにはすこし内容が多すぎてまとめられません。出発前のブログでも書いたとおり、Life-mag.で鬼太鼓特集を組んで、ヨーロッパツアーの模様と現地の鬼太鼓を取材したいと思っていますが、その時機や予算などまだ課題は多く、実現まですこし時間をかけて歩いていこうと思っています。

公演の様子は佐渡祭公式facebookにアップしてあります。ほかにもたくさん撮ってありますが、Life-mag.としてまとめられる機会のときにまた。以下は移動や打ち合せ、準備の様子です。

大きな荷物を抱え地下鉄で移動

あたりは雪景色(ドイツ)

滞在先ホテルでの佐渡PRパンフの袋詰め

ラウンジでの打ち合わせ

太鼓の骨組みをみなで組み立て

衣装の着替えも協力しあって

公演前の準備

滞在先のアパート(イタリア)

集合写真

近くのスーパーで買った食材で朝食

翌朝のタクシーの手配ももちろん自分たちで

夕食後も翌日の動きについて確認

ミラノ大学でのワークショップ前の打ち合わせ

荷物をもって次の会場へ

以上です。ほんとうに手作りの海外ツアーでした。得難い経験でした。

今回のツアーを実現させた要因はいくつもありますが、そのひとつは実行委員長・相田さんのリーダーシップではないでしょうか。

大局を見通し、企画・構想を練り上げる力。また、それぞれ個性や能力のことなった仲間たちを集め(説得し)、力を合わせて、その構想実現に邁進していくこと。

相田さんにはそんな魅力を感じています。

さきの知事選では佐渡生まれの超エリート中央官僚の花角さんが当選しました。わたしたち新潟県民は新しいリーダーを迎えたところです。

ただ、わたしのいつかの希望ですが、新潟(佐渡)に根を張り、この土地で力をつけてきたリーダーが舵を取る新潟を見てみたいな、とも思います。できれば40〜50代で、3期12年くらいをみて、仕事をしてもらえるリーダー。そんなリーダーが語る新潟の未来を見てみたいし、言葉を聞いてみたいです。

街角の本屋

以下はわたしの個人的な失敗談ですので、読み飛ばすか、ここでブラウザを閉じて大丈夫です。

出発前に「体調管理、機材管理をしっかり」と書いていましたが、実際はそううまくはこなせませんでした...。

出発4日ほど前からものもらいのような症状が出て、すぐにドラッグストアで薬を買って点眼。さらに直前、眼科に寄る時間が取れたので、眼科で診てもらってきちんと処方された薬を点眼しようと病院へ。これでドイツに着く頃にはほぼ快復しているだろうと思いましたが、なぜか治らず、むしろ悪化...。日常生活(=海外旅行)にも差し障りがあるほど目がか、な、り、痛かったです。普段はコンタクトですが、行程5日目くらいまで度の弱いメガネで過ごしました。なんだったんだろう。きつかったな...。

目の症状が治まってきたなと思った頃、日本から妻の祖母が亡くなったと連絡が入りました。とても穏やかなおばあちゃんでした。ヨーロッパから安らかな死をお祈りしました。

ツアー後半になってくると一眼レフのピント合わせや解像度がどうも調子が悪くなってきました。本体とレンズの組み合わせや設定を調整するなどして、とりあえずは撮影を続けて帰国。帰国後、修理に出すと本体とレンズの修理で8万円...。

また、帰国直後から風邪の症状が出て、「あぁ、疲れが出たんだな」と1日、2日寝込んでいましたが、どうもこれまでの風邪とは違うと思い、病院へ。人生初のインフルエンザでした...。

人生でもそう何度もないような得難い経験をさせてもらったヨーロッパツアーでしたが、同時にこうも困難が続くのかと思わされた日々にもなりました。