2018年6月20日水曜日

佐渡祭ワールドツアー報告会が開催されました

往路機内より

6月16日(土)15:00〜、佐渡市のあいポートで佐渡祭ワールドツアーの報告会がありました。市長、副市長はじめ佐渡市役所、佐渡観光協会、県地域振興局、鼓童文化財団、協賛企業の方々などが参加し、佐渡祭実行委員会から活動報告があったようです。

わたしは子ども2人を連れて行こうと思っていましたが、もろもろ条件が合わずに欠席しました。久しぶりに写真を見返しながら、他の方々の感想を聞いてみたかったですが、またいつかの日に。

せっかくの機会なので、振り返って一言ブログに残しておこうと思います。

佐渡祭ワールドツアーは、佐渡の郷土芸能・鬼太鼓の門付けをドイツ、イタリア、フランスの各都市で行い、草の根の交流と佐渡の宣伝をしてこようという企画です。佐渡市の米農家・相田忠明さんや鼓童の上之山博文さんら市民が主体となって企画した、自主企画ツアーです(!?)。

わたしも初めてこの企画を聞いた時は、あまりのスケールの大きさに「ン?」「マジ?」「どうゆうこと?」と思いましたが、すぐに「おれも行きたい」に変わっていました。アマチュアバンドがハイエースに楽器を積んで、自分たちでライブハウスをブッキングして、全国を回るような感じです。ただ、今回の場合はヨーロッパ3カ国でしたが...。海外かよ!

わたしは2012年に発行したLife-mag.vol.005【佐渡編】以降も佐渡の方々と交流を続けてきました。佐渡編以後も新刊が出るたびに佐渡の納品まわりも自分の足で行っており、その度に取材でお世話になった方々とちいさな再会を繰り返してきました。

そんな折、相田さんから「撮影係として同行してみない?」と声をかけていただきました。佐渡島内から9人、新潟市からLife-mag.小林1人の計10人がツアーメンバーでした。

郷土の伝統芸能に誇りと愛着を持っているからこその企画とメンバーでした。自分たちの足元を掘り下げること、そこに輝くもので、世界と繋がっていこうとする佐渡チームの姿を見て、こういうのを国際人と呼ぶんじゃないかと思いました。

一部助成もいただきましたが、ほとんどのメンバーがそれなりの金額を自己負担して行ってきました。わたしも「撮影係として日当が出る」という話ではなく、佐渡祭実行委員会のメンバーとしての参加でした。

ドイツ、イタリア、フランスを回って13日間、8公演を行ってきました。このブログで振り返るにはすこし内容が多すぎてまとめられません。出発前のブログでも書いたとおり、Life-mag.で鬼太鼓特集を組んで、ヨーロッパツアーの模様と現地の鬼太鼓を取材したいと思っていますが、その時機や予算などまだ課題は多く、実現まですこし時間をかけて歩いていこうと思っています。

公演の様子は佐渡祭公式facebookにアップしてあります。ほかにもたくさん撮ってありますが、Life-mag.としてまとめられる機会のときにまた。以下は移動や打ち合せ、準備の様子です。

大きな荷物を抱え地下鉄で移動

あたりは雪景色(ドイツ)

滞在先ホテルでの佐渡PRパンフの袋詰め

ラウンジでの打ち合わせ

太鼓の骨組みをみなで組み立て

衣装の着替えも協力しあって

公演前の準備

滞在先のアパート(イタリア)

集合写真

近くのスーパーで買った食材で朝食

翌朝のタクシーの手配ももちろん自分たちで

夕食後も翌日の動きについて確認

ミラノ大学でのワークショップ前の打ち合わせ

荷物をもって次の会場へ

以上です。ほんとうに手作りの海外ツアーでした。得難い経験でした。

今回のツアーを実現させた要因はいくつもありますが、そのひとつは実行委員長・相田さんのリーダーシップではないでしょうか。

大局を見通し、企画・構想を練り上げる力。また、それぞれ個性や能力のことなった仲間たちを集め(説得し)、力を合わせて、その構想実現に邁進していくこと。

相田さんにはそんな魅力を感じています。

さきの知事選では佐渡生まれの超エリート中央官僚の花角さんが当選しました。わたしたち新潟県民は新しいリーダーを迎えたところです。

ただ、わたしのいつかの希望ですが、新潟(佐渡)に根を張り、この土地で力をつけてきたリーダーが舵を取る新潟を見てみたいな、とも思います。できれば40〜50代で、3期12年くらいをみて、仕事をしてもらえるリーダー。そんなリーダーが語る新潟の未来を見てみたいし、言葉を聞いてみたいです。

街角の本屋

以下はわたしの個人的な失敗談ですので、読み飛ばすか、ここでブラウザを閉じて大丈夫です。

出発前に「体調管理、機材管理をしっかり」と書いていましたが、実際はそううまくはこなせませんでした...。

出発4日ほど前からものもらいのような症状が出て、すぐにドラッグストアで薬を買って点眼。さらに直前、眼科に寄る時間が取れたので、眼科で診てもらってきちんと処方された薬を点眼しようと病院へ。これでドイツに着く頃にはほぼ快復しているだろうと思いましたが、なぜか治らず、むしろ悪化...。日常生活(=海外旅行)にも差し障りがあるほど目がか、な、り、痛かったです。普段はコンタクトですが、行程5日目くらいまで度の弱いメガネで過ごしました。なんだったんだろう。きつかったな...。

目の症状が治まってきたなと思った頃、日本から妻の祖母が亡くなったと連絡が入りました。とても穏やかなおばあちゃんでした。ヨーロッパから安らかな死をお祈りしました。

ツアー後半になってくると一眼レフのピント合わせや解像度がどうも調子が悪くなってきました。本体とレンズの組み合わせや設定を調整するなどして、とりあえずは撮影を続けて帰国。帰国後、修理に出すと本体とレンズの修理で8万円...。

また、帰国直後から風邪の症状が出て、「あぁ、疲れが出たんだな」と1日、2日寝込んでいましたが、どうもこれまでの風邪とは違うと思い、病院へ。人生初のインフルエンザでした...。

人生でもそう何度もないような得難い経験をさせてもらったヨーロッパツアーでしたが、同時にこうも困難が続くのかと思わされた日々にもなりました。