2019年8月29日木曜日

岩室あなぐま芸術祭2019によせて(1)

「夏バテかな? なんだか最近、調子が悪いみたい。しばらく休みもなかったし、すこし病院で診てもらおうか」

…。

何気なく出かけた検診で、もしも、ガンを告知されたら。

「余命は数ヶ月。末期のため、治療も難しいでしょう」

慌ただしくも、ささやかな幸せを享受していた日常に、突如として死の影が迫ったきたら。

あなたは、どんな終末期を迎えたいか——

今年も西蒲区岩室温泉を会場に「岩室あなぐま芸術祭」が開催される。去年の初開催に続き2回目の開催である。

会期は9月14日(土)〜28日(日)。会場は岩室温泉の旅館・ホテル、飲食店、お寺、和菓子店、そして新潟市岩室観光施設いわむろやなどである。

昨年は障害のある方の作品展示が中心だったが、今年はさらに内容を膨らませて、クラウドファンディングを活用したCD制作、「ヒューマンライブラリー」、ファッションショー、バー形式の読書会など多彩なイベントが企画されている。

昨年、Life-mag.も実行委員の末席に加えていただき3つの記事を制作した。(1)(2)(3)のリンク先がそれである。

今年もまたボランティアスタッフとして、告知記事の制作を申し出た。そして、実行委員の小倉壮平さん(いわむろや館長)を訪ねた。

「今年は昨年のテーマから一歩深めて、テーマのひとつに〈死〉について考えることを入れようと思う」

すべての人に訪れる〈死〉。しかし、普段の暮らしで自らの死を意識する機会はほとんどない。

小倉さんは続けて答えた。

「死を見つめることによって、命の意味がまた違った風に見えてくるんじゃないかな」

小倉さんとの打ち合わせを終え、今年の取材先のひとつ目、西蒲区三方の「潟東クリニック」院長の福田喜一(よしかず)さんのもとへ出かけた。

潟東クリニック・福田喜一先生

福田さんは終末期を自宅で過ごすための在宅緩和ケアに県内で先駆けて取り組んできた。新潟大学医歯学総合病院、白根健生病院勤務を経て、2006年4月、潟東クリニックを開業した。専門は消化器、一般外科である。

「目の前の患者さんが家に帰りたいって言ってるんですよ。どうにか応えてあげたいじゃないですか」

在宅緩和ケアに取り組むようになったきっかけを聞くと、福田さんは語気を強めてそう答えた。しかし、福田さんが取り組みをはじめた約20年前、末期ガンの患者を自宅に帰すことは業界の非常識だった。

「周囲からも『はぁ?』なに言ってんの、帰せるわけないじゃない。おかしなことを言ってるな。病院や医療の現場はそんな風に言われるような状況でした」

そんな状況を少しずつ変えていけるよう、福田さんはなぜ動くことができたのか、さらに聞いた。

「まだ小さな子どもがいるお母さんが末期のガンで入院していたことがありました。余命もあと数ヶ月という状態です。そのお母さんが言ったんですね」


——家に帰って子どものお弁当を作りたい


ひたひたと死が迫る中、残された日々をどう生きたいか。その女性の要望は切実だった。

福田さんは、薬剤師や看護師、介護士、ケースワーカーなど患者さんが自宅で緩和ケアを続けながら生活できるよう、他職種連携によるチームを作った。

それは業界の常識を変えていく、一歩となった。

潟東クリニック(西蒲区三方)

2006年の開業以後もその取り組みを充実させてきた。これまで在宅で約300名の患者さんを看取ってきた。現在も施設への往診のほか、在宅では30名ほどの患者さんに往診に行く。

では、住み慣れた自宅で終末期を過ごすのがいいことなのか。そう思いたくなるが、福田さんの考えはより柔軟である。

「在宅緩和ケアは選択肢のひとつ。患者さんや家族、身体の状態や生活環境など様々な条件のなかで選ぶべきだと思う。在宅でやってみたが、思ったより身体がきびしいと思えば病院や施設を利用すればいい。また、患者さんを支える家族がつぶれてしまってもいけない」

あくまで選択肢のひとつだという。

「私たち医師は患者さんが目の前に座って『診ますよ』と言ったら絶対に逃げることはできないんです。その患者さんに最後まで向き合い、寄り添わなければなりません」

「最後まで抗がん剤で闘いたい患者さんもいますし、民間療法を試したいという患者さんもいます。ほかにも音楽やアロマ、宗教などが患者さんの支えになるかもしれません。その選択肢は多い方がいい」

地域医療の現場で在宅緩和ケアに取り組む福田さんの思いを聞いた。

その語り口は柔和で、インタビューは終始和やかな雰囲気で終わった。

その一方で、わたしは話を聞きながら、ひとりひとりの患者さんの病に向き合い、生に向き合う、福田さんの底知れない覚悟に打ちのめされていた。

すべての人に死は訪れる。いま、この瞬間も死に向かってわたしたちは1分、1秒、そして1日を生きている。

死を思う時、照らされるのは、わたしたちの何気ない日常、その幸福なのかもしれないと感じた。

来月開催される「岩室あなぐま芸術祭」では、福田さんの講演会も開催される。ぜひ福田さんの思いに触れていただきたい。


9月25日(水)13:30〜、会場はゆもとや。参加無料。

第1部「心豊かな最期を迎えるために」潟東クリニック院長・福田喜一さん
第2部「天上の音楽 あなぐま芸術祭specialversion」日比野則彦さん(サックス・ピアノ)、日比野愛子さん(ソプラノ・朗読)、岡村翼さん(ピアノ弾き語り) 、高橋義孝さん(「〝生きる〟ってこと」作品提供)

[Web]https://www.iwamuro-anaguma.com