2012年10月27日土曜日

戸田かおりさん個展


戸田かおりさん(LIFE-mag.vol.005掲載)の個展が、本日より東京ではじまりました!


[会 場] グラスホッパーギャラリー
[住 所] 東京都目黒区中央町2-6-1ノア学芸大1F
[電 話] 03-5724-7098
[会 期] 10/27〜11/3
[時 間] 11:00〜19:00
[H P] http://www009.upp.so-net.ne.jp/grass-hopper/

「わすれものさがし」と題したこのDMの作品は佐渡の海岸で石を拾いながら着想したものです。キレイな色、濁った色、異質なもの同士の組み合わせで作られる戸田さん独特の色使いを感じられることと思います。

お近くの方、ご都合のつく方はぜひぜひ訪ねてみてください〜!

2012年10月17日水曜日

LIFE-mag.FAN MEETING 相田忠明さんトークライブ


こちらのイラストは、相田さんと地元のイラストレーター美香子さんが制作したものです。
佐渡は平成23年6月に世界農業遺産(GIAHS)の認定を受けました。
その理由を佐渡市ホームページでは以下のようにあげています。

1.農業生産システムに「朱鷺と暮らす郷づくり認証制度」を導入し、
  消費者と連携しながら島全体へ拡げていること。
2.生物多様性保全型農業と農業経済が連携し、持続的な環境保全体制を
  構築していること。
3.佐渡金山が風景と文化に大きな影響を与え、生物多様性と農業生産活動を
  はぐくむことによって、農村コミュニティを保全してきたこと
〔参照URL〕http://www.city.sado.niigata.jp/topics/gihas/index/index.shtml

この認定の背景をイラストで分かり易く表現しようと制作されたそうです。
佐渡の魅力をより多くの方に感じ取ってもらうとてもいいイラストになっています。ぜひじっくりとイラストを見て、佐渡の思いをよせていただけたらと思います。

『LIFE-mag.vol.005』文中で、相田さんはこう言っています。


 農業っていう働き方が、地域の伝統芸能を守り、
 家族を養い、地域を守っていくことにつながっていくんです。
                             ┛
またそのためには、


 今より単価を高め、農協等が販売を行い、
 大規模化・6次産業化せず、時間的な余裕を持ち、
 地域活動の時間を作り、そして一番守るべき家族を養う。
                           ┛
そう語っています。
取材で私は、今、考え得る最善のヴィジョンを自分の言葉で語る相田さんに胸を熱くしたのをハッキリと覚えています。
ぜひ、私が感じたこの感覚をより多くの読者の方々と共有出来たらと思っています。

まだまだ参加を受けつけています。どうぞお誘い合わせの上ご参加いただけるようお待ち申し上げます!

トークライブ詳細
http://www.life-mag.com/aidatalk.html

2012年10月7日日曜日

売り手と作り手、この街に起きた小さな物語のはじまり

この新潟の街にあった老舗書店・北光社の店長さんと「あの〜、これから僕雑誌を作ろうと思うんです。ひとりで」と言った青年のある物語のはじまり。

あれから4年のときを経て、当時の北光社店長・佐藤さん、いまは北書店の佐藤さんはブログでこう綴っている。

新潟で、この街で起こった、小さな物語。ぜひ読んでいただけたらと思う。
北書店のブログ】(http://kitashoten.blogspot.jp/2012/09/mag.html



佐藤さん、写真ありましたよ。
2010年2月3日午後7:31撮影。
「お互い半笑い」で(笑)。

北光社閉店時に私が書いていた【ブログ記事】(http://life-mag-interview.blogspot.jp/2010/01/blog-post_06.html)がこちら。記事中程にあります。

閉店のことが新聞に載ってからも、本の取り寄せを淡々とお願いしていたと思う。
「あの、まだ本の取り寄せは大丈夫ですか?」
「うん、閉店までまだ2週間。大丈夫だよ」

その時に取り寄せたのは、

何も共有していない者たちの共同体』アルフォンソ・リンギス著(洛北出版)

北光社閉店最終日、ごった返す店内の中で買った本は、
Coyote No.12 特集:ジェリー・ロペスの静かな暮らし』スイッチ・パブリッシング刊だった。


本の内容とともに、どこで買ったか、誰から買ったかという「思い出」とともにいまも書棚に並んでいる。


北光社閉店から間もなく、佐藤さんは北書店をオープンさせた。
北光社が照らし続けた「文化の光」、その種火を受け継ぐように。

最近、佐藤さんに言おうかなと思ったけれど、なんだか躊躇してまだ言ってなかったことをひとつ書こうと思う。

その種火を受け継いだのは佐藤さんだけではなかった、ということ。
北光社時代、佐藤さんの元で働いていた店員さんのひとりはいま、大型書店に勤めている。先月、『LIFE-mag.vol.005』の納品で久しぶりに私はその書店を訪ねた。

「佐藤さんと一緒に北光社で働いていたんですよね?」
「はい。私は主にコミックの担当でしたが、いろいろとお手伝いしながら仕事を教えてもらいました。」

「今はとても大きな書店ですね。」
「でも、その時に教わったことって今も凄く意識しているんですよ。」

「えっ? そうなんですか」
「例えば、少し前に出た『DJの部屋』っていう本があるんです(書棚を指さして言う)。この本をどのコーナーに置いたらいいでしょう?」

「え〜、っと。。。」
「私はこの雑誌をぱらぱらと見ながら、『音楽』か『インテリア』か『男性誌』か、そしてそのどれもかって考えて置くんです。」

「ほ〜!どれにも当てはまる気がしますね。」
「それって、佐藤さんの仕事をそばで見ながら、教わったような、、、教わってはないような。でも、覚えたことなんです。そして、売れ行きを見ながら配置を変えたりもします。『書棚を通してお客さんと会話する』って佐藤さんの言葉です。いまでもすごく影響を受けてます。」

「へ〜、佐藤さん聞いたら喜ぶんじゃない?」
「いや、まぁ。あれこれ丁寧に教えてもらったわけではないですけど、書棚作りは手伝っていました。でも、そもそも『仕事』の楽しさを教えてもらったように思いますね。」

思いがけず、聞けた話。
新潟、この街の息づかいが見えるかのよう。街はゆっくりと呼吸している。
人間が、ゆっくりと吸い、吐いているものは、その熱、その情熱なのかもしれない。
こういったエピソードはあなたの会社でも、地域でも、馴染みのお店でも、取引業者さんでもきっとあるはず。

2012年10月5日金曜日

「ことばこそ ひつようなもの」臼田輝さんのことば


2012年10月3日付、朝日新聞朝刊、30面、(編集委員・氏岡真弓さんの記事)


東京都港区の臼田輝(うすた ひかる)さんについての記事だ。

1994年、1歳の誕生日直前にマンションの5階から転落し、重い障害をかかえた。
一命はとりとめたものの筋力を失い、話すことも出来ない状態の日々が続いた。
2006年に国学院大学の柴田保之教授が開発した、文字入力スイッチに出会い、初めて「ことば」を表現する機会を得た。
母の真佐子さんは、大人たちの会話を聞きながら時折、表情が変わる瞬間があり、話すことは出来ないものの「ことば」を理解しているのでは?という思いがあった。

2007年3月、14歳頃。文字入力スイッチの操作4回目。


 せかいからせんそうがずっととだえて
 てきみかたきめずに
 くらしていけたらいいのに。
                  
2008年4月2日。

 よもすえというかんがえかたは
 まちがっていて
 かのうせいにかけるべきです。
 にんげんのことを
 あきらめてはいけないとおもいます。
 よきひよきときに
 めぐりあうことを
 しんじよう。
                 ┛
2008年10月14日。

 せっかくのことばが
 ことばとして
 こうのうがきのように
 うけとめられてしまい
 ざんねんです
 (中略)
 すばらしいのはつらくても
 ことばがあることです
 ことばこそ
 ぼくたちにとってひつようなものなのです
                    ┛
2009年4月26日、母・真佐子さんが目覚めると、傍らで輝さんは息絶えていた。16歳だった。
同年1月。

 しは
 ししのようにおそいかかってくるかもしれないが
 ちいさいぼくは
 ひとり
 くとうをつづけていくつもりです
                       ┛

私は、輝さんが全身全霊を込めて表現した「ことば」に飲み込まれた。

今一度、どれほどの覚悟で自分が「ことば」を使っているのか? 問わざるを得ない。
身体を動かすことが出来ず、思うように話すことも出来ない。自身の生を、「ことば」にこそ託して表現した輝さん。だからこそ届く「ことば」もあるという。
偶然目にした記事でしたが、ハッとさせられた。