2012年10月5日金曜日
「ことばこそ ひつようなもの」臼田輝さんのことば
2012年10月3日付、朝日新聞朝刊、30面、(編集委員・氏岡真弓さんの記事)
東京都港区の臼田輝(うすた ひかる)さんについての記事だ。
1994年、1歳の誕生日直前にマンションの5階から転落し、重い障害をかかえた。
一命はとりとめたものの筋力を失い、話すことも出来ない状態の日々が続いた。
2006年に国学院大学の柴田保之教授が開発した、文字入力スイッチに出会い、初めて「ことば」を表現する機会を得た。
母の真佐子さんは、大人たちの会話を聞きながら時折、表情が変わる瞬間があり、話すことは出来ないものの「ことば」を理解しているのでは?という思いがあった。
2007年3月、14歳頃。文字入力スイッチの操作4回目。
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せかいからせんそうがずっととだえて
てきみかたきめずに
くらしていけたらいいのに。
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2008年4月2日。
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よもすえというかんがえかたは
まちがっていて
かのうせいにかけるべきです。
にんげんのことを
あきらめてはいけないとおもいます。
よきひよきときに
めぐりあうことを
しんじよう。
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2008年10月14日。
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せっかくのことばが
ことばとして
こうのうがきのように
うけとめられてしまい
ざんねんです
(中略)
すばらしいのはつらくても
ことばがあることです
ことばこそ
ぼくたちにとってひつようなものなのです
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2009年4月26日、母・真佐子さんが目覚めると、傍らで輝さんは息絶えていた。16歳だった。
同年1月。
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しは
ししのようにおそいかかってくるかもしれないが
ちいさいぼくは
ひとり
くとうをつづけていくつもりです
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私は、輝さんが全身全霊を込めて表現した「ことば」に飲み込まれた。
今一度、どれほどの覚悟で自分が「ことば」を使っているのか? 問わざるを得ない。
身体を動かすことが出来ず、思うように話すことも出来ない。自身の生を、「ことば」にこそ託して表現した輝さん。だからこそ届く「ことば」もあるという。
偶然目にした記事でしたが、ハッとさせられた。