2017年11月27日月曜日

「工場夜景 銭湯入浴 NIC湯上りコンサートツアー」に講師で参加

湯上がりコンサートの様子、金の湯

11月26日といえば、いい風呂の日。

新潟日報『おとなプラス』の販促イベントに講師として参加してきました。「工場夜景 銭湯入浴 NIC湯上りコンサートツアー」と題したイベントで、新潟日報の販売店である株式会社新潟日報サービスネットさんが主催したものです。

新潟市東区の工場夜景を見て、トキメッセ展望台で食事、山木戸地区の銭湯「金の湯」に入浴、新潟県産の牛乳を飲み、クラシックのミニコンサート、そして「おとなプラス」取材記を小林が語る、という展開の目まぐるしさに対する柔軟性と耐性が求められるイベントでした。浴場組合と牛乳組合、そしてNICのコラボ企画とのこと。

わたしは20分弱の時間で、『おとなプラス』に寄稿した「粟島の島祭り」「鈴木牧之と秋山郷」「八海山の山岳信仰」の3本の記事について、取材エピソードをお伝えしました。新聞の3ページを埋めるだけの取材が求められる仕事なので、何人かの人を訪ね歩いて話を聞き、歴史背景を調べて書いています。ひとつの記事だけでも20分くらいは話せるので、ほんとに駆け足となりました。

読者の方からは「いままで何気なくぱらぱら〜っと見てたけど、親近感と興味が湧いた。もうちっと真面目に読むて(笑)」。参加していた新聞配達スタッフの方からは「つくってる人のことも知れて、配り甲斐が増したよ!」などと声をかけてもらいました。

わたしは10年前までこの新聞を配る側だったので、スタッフのモチベーションにつながったというのはとくに嬉しい一言でした。冬に向かって冷たい雨が続くこの11、12月の新聞配達は身体の芯まで冷えて過酷だし。

『Life-mag.』の場合は、作り手が売り手でもあり、取材で預かった言葉を直接販売店や読者に届けています。しかし、新潟日報のような大企業はそうはできません。記者は何人いるのでしょうか。そういえばわたしもわかりません。現場の記者をまとめるデスク、社としての主張を決める論説委員、写真部、紙面を組む整理部、広告を取る営業部、イベント事業、ウェブ事業、印刷事業、経理、総務、清掃や受付のパートさん...、ほかにもたくさん。

なかでも読者にもっとも近いところにいるのが新聞配達のスタッフです。毎日、読者の家のポストまで足を運んでいますので。

作り手がどんな思いで取材をし、どんな表情をした人間なのか、売り手(配達スタッフ)が知ることによって、なにかしらのいい影響があったらなと思います。わたしが在職したのは3年ほどですが、記者の方に会うことは1度もありませんでしたので。

ここからは書きながら考えた思いつきです。

まぁ、適当に読んでください。

新聞社はまるで1本の〈川〉に例えられるのではないでしょうか。新聞は上流から下流へと流れていく〈水〉です。

記者の方々が向かう現場が〈山〉だとしたら、読者が暮らす生活の現場は〈海〉のようだと思います。もちろんどちらも実際にはひとつながりの同じ場所ですが。

記者の方々は山や森に分け入って、危険がないか、手入れの必要はないかをつぶさに見て歩いて、それを知らせる人。新聞社は川のようで、それを河口にいるわたしたち読者に届ける存在です。そして、わたしたちは港町でそれを受け取り、状況を確認し、日々の生活=海へと漁に出るのです。

気仙沼の漁師・畠山重篤さんが『森は海の恋人』(文春文庫)で指摘しているように、実際にも森が荒れると海も荒れます。

記者は、

「お〜い、この枝落とした方がいいよ〜!」

「この樹は腐ってるから早めに倒したほうがいいよ〜!」

「倒す方向を間違えると、脇の小川を塞ぐから気をつけてね」

「ここにきれいな花が咲いているよ」

と山の声を聞く人です。

また、河川工学を研究してきた新潟大学の大熊孝さんには「川は地球における物質循環の担い手である」という言葉もあります。川が機能不全に陥ることは、わたしたちの暮らしや命を脅かすことを示唆しています。

大熊さんの言葉にいまの例えでいう〈川〉を照らし合わせれば、第4の権力である新聞社のジャーナリズムが機能不全に陥ることは、そのままわたしたちの暮らしや命を脅かすことになるでしょう。

〈山〉〈川〉〈海〉を結んで新聞社のすがたを考えるとこんな感じでしょうか。

こう書いてみると今回の依頼は〈川〉の手入れだったのかな...。

ま、『おとなプラス』とジャーナリズムはちょっと違うし、それは本社の記者の方々が専門とする仕事です。そもそもわたしは社外の人間で、河口の港町に住むいち読者です。日和山の灯台から上流をうすぼんやり眺めて勝手なことを文章にしただけですね。

以下、その日に撮った写真です。

東新潟駅すぐにある貨物ターミナル

たまたま通った貨物列車

参加者にまじってわたしもぼけっと見ていると、隣のおじちゃんが話しかけてきて、「おれここの工事をやったんだよ」と。昭和35年頃に造成、整備が進んだそうです。以前は一面田畑だったとのこと。

旭カーボン

有名ですよね。

近年は行政やNPO団体などがツアーを多く開催していて東区と言えば、というポイント。コミ協の会長も参加していて、過去のツアーでは倍率20倍なんてこともあったそう。12年前、東区に住んでいる時、知遊堂への行き帰りでよく見てました。

朱鷺メッセ展望台へ

こちらは添乗員用のご飯。ハンバーグ丼。美味しかった。

金の湯

東区中山3丁目の「金の湯」。近所の常連さん、ツアー参加者と一緒に入浴。湯上がりにはビンの牛乳が。

ミニコンサートの様子1

参加者は26名。

ミニコンサートの様子2

NIC木戸でのミニコンサートの様子。左の男性はNIC木戸の営業所長の佐藤亮太さん。あんなに上手いとは。右のフルートとヴァイオリンの女性がメインの奏者でした。

わたしの講義もここでした。風呂上がりだし、スポットライトも直射だし、汗だくになりました。

イベントチラシ

喫茶カンポス

イベント前に過去の紙面を振り返ろうと思い、NIC木戸の近くにある喫茶カンポスへ。昭和の匂いに包まれながらアイスコーヒーとバナナサンデーを。店主は年配の男性で、パキパキと動いて、声にもはりがあった。向かいに座っていた20代前半の男性2人はだれとだれが付き合った、別れたの話。隣の20代後半の若い夫婦は、子ども手当てはいつ振り込まれるのか、初詣はどこに行こうかの相談。わたしは新聞の読み返し。

バナナサンデー

会計の際、店主にこの通りである「中山はちのす商店街」の由来や盛時の様子を聞いた。昔は本屋もあったらしい。

以上です。

佐渡から山木戸へ。しばらく留守が続きました。