料理がどれも美味しい... |
チーズやピクルスも |
先輩ライターさんが料理を振る舞ってくれました。ほんとどれも美味しかった。飲み物は各自持ってきてね、ということだったので、わたしが持参したのはこちら。
杜氏潤平 |
宮崎県日南市の小玉醸造の芋焼酎「杜氏潤平」。いつもLife-mag.の取り扱いでお世話になっている西蒲区鷲ノ木の長谷川屋で購入。あと他の方にもなにか手土産になるものをと思い、同じくLife-mag.の取り扱いでお世話になっている岩室温泉の角屋にて金鍔(きんつば)を購入。美味しい料理と酒をいただきながら、先輩方の話に耳を傾けひと時を過ごしました。
さてさて、ひとつ紹介。
この映像は先輩ライターの古俣慎吾さんによる高田地域で歌い継がれている愛唱歌「高田の四季」です。
高田の四季 |
「高田の四季」は1945年秋に旧制高田中学校(現高田高校)で誕生。高田高校の生徒が卒業後に、高田の仲町など夜の街で歌ったことから、広く市民の間でも歌われるようになっていったそうです。
古俣さんはすこし前に「四季の新潟」という歌も記事にしていて、そちらは新潟市の古町で芸妓らが歌っていたのを、旧制新潟高校の六花寮の寮生が、町で遊んで覚えて帰り学生たちも歌うようになったそう。
高田と新潟で歌の広がり方が反対であることから、その背景を調べに取材へ。
まちづくり団体の代表者やその同級生、レコード店の元店主やアレンジをしたギタリスト、ヱスビーガーリック食品の元社長、現在の高校を訪ね副校長や教員にも取材。タクシーに乗れば運転手からもコメントをもらっています。
「高田の四季」は当時の旧制高田中の教頭が地理・歴史の教員だった町田太郎さんに頼んで作詞・作曲されたそうです。敗戦で落ち込んでいる生徒を元気づけるように、高田の四季や情景が歌い込まれました。
先の映像で古俣さんが歌っているのは1番です。
高田の春は爛漫と
古城を包む春がすみ
ああ この地 我等が故郷
頸城平の緑を越えて
虹がかかるよ 妙高山に
紙面では、古俣さんは歌詞に出てくる場所にも取材に行っています。さすが、とことん歩いて取材してるなぁと...。取材エピソードなどを聞かせてもらいました。
越後線終電 |
さて、帰りはまた越後線で帰路へ。終電ぎりぎりだったので、後片付けも手伝わずに帰ってきてしまった。