それは、ケガをして失ったもの
そうかかれたパネルが自宅の作品展示室に置いてあった。
西蒲区仁箇(にか)在住の岡村佐久一さんを訪ねた。9月1〜9日に岩室温泉で開催される「あなぐま芸術祭」には水彩で描いた風景画が出展される。
岡村佐久一さん |
岡村さんは現在62歳。1994年、38歳の時に交通事故で頚椎を骨折。両手両足の自由を失った。
「ケガをした当初は手足はまた動くようになるだろうと思って、現実を受け入れられなかったです。治療後、手足は今後も動かないだろうと告知されたのは事故から6ヶ月が過ぎた頃。先を考えても真っ暗。電動の車椅子を用意された時もリハビリをボイコットしました」。
リハビリのために口に筆をくわえて文字を書き始めたのは入院から1年ほどたった頃。
「事故の年が明けて1995年。阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件がありましたよね。病院のテレビでニュースを見ていて思いました。わたしも悔しい思いをしましたが、もっと過酷な状況にある人もいる。俺もこんなことで負けてられないなって思い始めました」。
事故後はじめて書いた文章「心への点火は魂の燃焼によらねばならぬ」 |
ゆっくり、ゆっくり、ゆっくりと...、岡村さんは一本の線を結び始めた。さらに1年が過ぎた頃、今度は絵を描き始めた。お見舞いでもらった花からだった。
「俺が書いたもので初めて喜んでくれた人は介護の研修で来ていた関川さん。うれしかったね」
関川さんは岡村さんが練習で書いていた文字やスケッチを「もらっていい?」と尋ね、持ち帰ったという。
「〈人生に定年はない〉という文字を書いてと頼まれてね」と岡村さん。
退院から20年以上が過ぎたいまも口にくわえた筆で水彩画を描き続けている。
ブナ林 |
先日、自宅にお邪魔し、作品を見せてもらった。飾られていたブナ林の絵にわたしの足が止まった。
ブナ林に木漏れ日が降り注いでいる。眩しいくらいだ。そう感じた。
ほかにも、春の陽光のなか桜の木の背後に描かれた弥彦駅舎。堂々とした体つきで風に揺れる鯉のぼり。夜の間瀬漁港には漆黒の闇に様々な色が描きこまれていた。
岡村さんは事故後、絶望のなかで周囲にきつくあたったこともあったという。そんな中、絵を描くことによって見出したものはなにか。冒頭のパネルにはこうも記されていた。
「心」は「優しさと思いやり」
「光」は「目標と希望」
「力」は「行動と努力」
それらは事故によって一旦は失ったものかもしれない。しかし、岡村さんは絵を描くことによってそれらを再び手にし、絵筆に込めて描き続けている。
わたしはブナ林に降り注ぐ光の力強さに、岡村さんの心を見たのかもしれない。
9月、岩室温泉で開催される「あなぐま芸術祭」でぜひその絵に出会ってもらいたい。